“最強チーム”で挑んだアトランタ五輪 西野監督と山本コーチのコンビも最強だった
当時の強化委員のメンバーは、広島のGMとして森保一・現日本代表監督らを育成したベテランの今西和男に加え、田嶋幸三(現JFA会長)、小野剛(現JFA技術委員)、金田喜稔(現サッカー解説者)ら加藤と同世代の30代後半と大幅に若返った。
そして1996年アトランタ五輪を目指す代表チームの監督として、1991年からUー20(20歳以下)代表を率いていた西野朗(1955年4月生まれ。埼玉県出身。浦和西高から早稲田大。卒業後に日立でプレー。Jで柏、G大阪、神戸、名古屋の監督を歴任。元ロシアW杯日本代表監督。現タイ代表監督)を抜擢した。
監督として「選手と距離を置く」クールな西野監督。「選手の懐に飛び込んで」悩みなどを聞き出す術に長けた山本昌邦(1958年4月生まれ。静岡県出身。日大三島高から国士舘大。卒業後にヤマハ=現磐田入り。引退後はA代表、年代別の監督やコーチを歴任。アテネ五輪代表監督。現解説者)コーチ。このコンビは、筆者も<最強>と思ったものである。
それまでの各日本代表の指揮官は、ほとんどの場合「1人の人間」が務めてきた。シビアな現実的な目標として、まずは五輪出場を目指す。