佐藤優「閉塞感を打破し自由に生きるヒント」
■「柄谷行人論〈他者〉のゆくえ」小林敏明著
ゴールデンウイークには、早わかり系でなく、頭を大いに使う本にチャレンジしてみたい。評者が現在、いちばん注目している有識者は、思想家の柄谷行人氏(1941年生まれ)だ。新自由主義、「イスラム国」、中国の脅威、反知性主義、格差、貧困など現在の日本と世界が抱える問題を柄谷氏は包括的に解き明かそうとしている。
ドイツのライプチヒ大学東アジア研究所の小林敏明教授(1948年生まれ)は、他者理解という観点から、柄谷氏の思想を解釈する。論点は多岐にわたるが、最も興味深いのは日本人論だ。小林氏は、〈柄谷が柳田(国男)の山人に読み取ろうとするのは、(中略)根本的に共同体や国家に抗する可能性をもった遊動民としての山人(採集狩猟民)、そう言ってよければ、柄谷が一貫して追究してきた「外部」ないし「他者」を体現する存在としての山人である〉と指摘する。
この山人は、日本人が歴史に記録される以前の存在である。従って、山人の存在を実証的に明らかにすることはできない。しかし、歴史には、実証できないが確実に存在した出来事があるし、人がいる。これをキリスト教神学では「原歴史」と言うが、柄谷氏も同じことを考えている。小林氏は、〈アソシエーションもこの山人も、まさに柳田の「協同自助」論がそうであったように、柄谷にとってはあくまで「実在を確かめることができない」ある意味では希求される理念のようなものである〉と強調する。新自由主義的な競争原理で一人一人がバラバラにされ、また安倍政権は強権的な手法で国民を国家に縛り付けようとする。しかし、人間には他者を思いやる能力が備わっているので、その能力を発揮できるような社会への転換に成功すれば、われわれは閉塞感を打破し、自由に生きていくことができる。評者の言葉で言えば、柄谷氏は「愛のリアリティー」を説いているのだ。