「線路沿い街歩き」小川真二郎著
「線路沿い街歩き」小川真二郎著
電車をテーマにしたイラスト作品集だが、主役は電車そのものではない。「人と建物、鉄道が混然一体となっているような」風景が好きだという著者が、電車が走る街とそこに暮らす人々の息遣いを交えながら描いた作品を収める。
冒頭の作品は、世田谷八幡宮の東を通る「宮の坂」の風景を描写したもの。ゆるやかに湾曲した道を八幡宮からこぼれ出すように咲く満開の桜や樹木の緑に見守られ、さっそうと通り過ぎるスクーターの女性。彼女と並走するように緑色の東急世田谷線が山下駅へと向かって走る。線路と道路に挟まれた三角地に家が並び立ち、地域猫がゆったりと歩いている。
春ののどかな雰囲気が伝わり、陽光の温かさまで感じられる。
電車が現在の車両と異なるのは、2000年ごろの風景だからだ。
幼い頃から電車の絵をよく描いていた著者が、少年時代に本で見て憧れていたという東京・御茶ノ水の聖橋から見た「三線交差」も登場する。
地上に一瞬だけ顔を出した東京メトロ・丸ノ内線では、今は引退した銀色の02系と後継の新型車両がエールを交わすように行き交い、その向こう側のお堀の上の鉄橋にはJRの総武線が、そしてお堀端を中央線と、見事に三線が交差した一瞬をとらえている。
絶好のポイントでその光景を眺めるリュックを担いで水筒をぶら下げた少年は、きっとかつての著者なのだろう。
描かれるのは東京だけでない。
阪堺電気軌道阪堺線の安立町駅近くの踏切を中心にスケッチした作品では、雨の中、1両編成の電車が通り過ぎるのを赤い傘をさしてレインコートを着た少女と女子中学生らしき2人が待っている。
2人が姉妹なのかどうかは分からない。背後の車も通れないような狭い線路沿いの道に商店が並び、薬局の軒下には飲料水の自動販売機と並んでコインを投入すると動き出す懐かしい幼児用の乗り物が設置されている。
カンカンカンカンという警報機の音が聞こえてきそうだ。
ほかにも、カーブした軌道からにょっきりと先頭車両が姿を現し酒屋の軒先すれすれを走る熊本電鉄・藤崎線の併用軌道や、木枯らしで落ち葉が舞う中、車道に合流して車と並行して進む福井鉄道福武線・木田四ツ辻駅(現・商工会議所前駅)の風景など、まさに著者が好む建物と人と電車が混然一体となった路面電車が走る街なども登場。
街中を電車が走る姿はどこか人の心を和やかにしてくれる。
こうした現在やちょっと前の街の風景に交じって、首都高速大橋ジャンクションの場所にかつてあった玉電の大橋車庫の1960年代のとある雪の日の風景や、都電荒川線の町屋駅前停留場の商店街とホームが直結した1970年代の風景など、今はもう見られない風景を描いた作品も差し込まれる。
ページのどこかに、あなたが住む街の風景が見つかるかも。 (玄光社 2640円)