難民問題とブレグジット…急激に揺らぎつつあるEUの危機
「欧州複合危機」遠藤乾著
EUの起源をさかのぼると1957年にローマで署名されたEEC(欧州経済共同体)にいきつく。アメリカの一強経済に対抗すべく欧州が自衛のためにつくった仕組みだ。その血を引くEUは90年代末に通貨統合を開始し、グローバル化に対抗する強力な地域統治をめざして独自の憲法まで制定した。しかし2009年末に起こったギリシャ発のユーロ危機を機に、昨年からはシリア情勢の悪化にともなう難民の流入が一気に状況を急転させた。英国のEU離脱(ブレグジット)はその象徴なのだ。
欧州政治を専門とする北大教授の著者は丁寧な現地調査をふまえ、問題を指摘する。
第1はEUという政治体を支えるはずの欧州アイデンティティーが弱いこと。自国にしかアイデンティティーを感じない層はルクセンブルクやドイツでは25%以下なのに英国では64%が自国中心で凝り固まっているという。域内の自由移動を支えた「寛容」の精神も難民問題で風前のともしび。戦後70年かけて欧州が模索してきた理想がいま「ガラガラと崩れつつある」と著者。それでも冷静さを失うまいというあとがきが胸に迫る。(中央公論新社 860円+税)