「古都再見」葉室麟著
これまで九州に足場を置いていた著者が、一昨年、京都に仕事場を構えた。本書は、1年4カ月におよぶ京都暮らしについて書かれたエッセー集。
話題は多岐にわたる。平安神宮の薪能の舞台を眺めながら、亡き山本兼一のことを思い、三条河原町のレトロな喫茶店で「カラマーゾフの兄弟」を読み、ゾシマ長老と法然の死に思いをはせ、地下鉄で見かけた上品な高齢の女性が、いきなりロバート・B・パーカーのハードボイルド小説を読み始めたのに驚かされ、坂本龍馬が潜伏していた酢屋の前を通りかかって、もし龍馬が生きて松平春嶽が明治政府の中枢に席を置いていたらと夢想し、オバマ大統領の広島での演説を聴きながら、アメリカが京都に原爆を落とさなかったのは、モルガン財閥の御曹司と結婚したモルガンお雪が京都に住んでいたからという説を思い出す……。
京都初心者の初々しく好奇に満ちた視点と手だれの歴史小説家の透徹した目が合わさって絶妙な味を醸し出し、古き都の今と昔へ誘ってくれる。(新潮社 1600円+税)