「捨て猫に拾われた男」梅田悟司氏
猫好きが陥りがちな溺愛系の本ではない。可哀想な境遇の猫に涙を誘う物語でもない。著者は極めて冷静に、保護猫と暮らすことで得られるメリットを淡々と挙げていく。まさかのビジネス本、よもやの自己啓発本と言ってもおかしくない。
「空前の猫ブームですが、テーマは『保護猫の里親を広告する』なんです。猫本はたくさんありますが、『可愛い!』という猫愛全開系と、保護猫・里親活動系をうまくつなげられたらと思ったんです。里親の話はどうしても説教が入って、『猫を捨てる人間が諸悪の根源だ!』みたいな話になりがちですよね。かといって、猫の正しい飼い方マニュアルでもないんです。“正しい”よりも“楽しい”が大事。里親になって猫と暮らすと、こんなにいいことがある、人生にも生きるというメリットや価値を伝えたくて、努めてフラットに書きました」
著者はもともと生粋の犬派で、17年間、柴犬と暮らしていた。5年前、妻に誘われて保護猫の里親会に参加し、あっけなく猫派に鞍替え。出会ったのは黒猫の大吉である。
「僕は割と真面目で『世の中はこうあるべき!』というものから逸脱するのは許せない、と思っていました。でも、大吉と暮らすようになって、『こうあるべき』『こうしなければならない』という『べき論』が消滅しましたね。自分が正しいと思ったものを正しいと思わない人がいる、ということも大吉から学んだんです。猫のおかげで、相違を受け入れて許容する度量ができたという感じでしょうか」
自由奔放で思い通りにならない猫に、諦観と寛容を学んだという著者が大吉から教わった“気づき”を24のエッセーにまとめてある。仕事でも人間関係でも、生きていく上での発想の転換につながる言葉が多い。
「この5年で怒らなくなりました。身の回りに起きていることは基本的にどうでもいいと思えるようになったんですね。大吉が僕の家に来るまでに、どんな経路をたどってきたかはわかりません。わからないけど心の傷を負っているわけで、そういう猫を受け入れるにはそれなりの覚悟も必要。一緒に暮らし続けるための情報を調べて、準備もしました」
多くの猫好きは一緒に寝ることを喜びとするが、著者は猫アレルギー発症を防ぐために、寝室は別。必要な距離をとって、末永く共に暮らし続けることが最も重要だからだ。
「家に帰るのも楽しみになりました。大吉と遊べるから。今、働き方改革とかプレミアムフライデーで早く家に帰ろうといわれていますが、猫がいたら家に帰るのも楽しくなると思うんです。癒やされることで業務効率も生産性も上がり、自由な時間が増えて消費も回復、家庭も円満。日本経済を再活性化するためにも、ぜひ猫と暮らしていただきたいです」
(日本経済新聞出版社 1200円+税)
▽うめだ・さとし 1979年生まれ。上智大学大学院理工学研究科修了。コピーライターとして広告制作に携わり、カンヌ広告賞、ギャラクシー賞、グッドデザイン賞など数多くの受賞歴がある。現在は「ジョージア」「タウンワーク」などを担当。著書「『言葉にできる』は武器になる。」は18万部超えのヒット作に。