「百花」川村元気著
大晦日に葛西泉が実家に帰ってみると、母がいなかった。キッチンには汚れた食器が積み重なっている。泉は近くの公園のブランコに母の百合子が腰掛けているのを見つけた。「帰らなきゃ」と百合子はつぶやいた。一緒に駅前のスーパーに行って、泉は母が計算ができなくなったことを知った。
泉は生まれたときから父の顔も名前も知らなかった。母と2人で暮らしていたが、泉が中学2年生になる4月の朝、百合子はいつものように朝食を作り、ちょっと出かけてくるねと言って姿を消した。時折、そのときの味噌汁の匂いがよみがえると、泉は吐き気を覚えた。百合子は年下の男のもとに走って、1年帰らなかったのだ。
認知症ですべてを忘れていく母と、封印した過去と向かい合う息子の物語。
(文藝春秋 1500円+税)