女流作家が描くスリリング時代小説特集
「DRY」原田ひ香著
ある日届いた一通の手紙。突然かかってきた一本の電話。ドアを開けた不穏な訪問者……。ちょっとした出来事から突然、何かが動きだすこともある。そしてそれは予想外の奥行きをもっていたりする。そんなスリリングな現代小説をひもといてみよう。
職場の上司と不倫をして家を出た北沢藍に、弁護士から電話があった。母が祖母を包丁で刺して留置場に入れられているという。男にだらしない母がいつのまにか実家に戻り、つまらないことでけんかして祖母を刺したのだ。母は面会に行った藍に、今付き合っている男は貧乏だから、保釈金100万円を貸してくれと頼む。しかたなく藍は元夫に50万円を用立ててもらうが、元夫に身も心もパサパサの乾いた女だと言われた。そうかもしれない。
袋小路にある実家に帰ると、隣に住む馬場美代子に声をかけられた。美代子はひとりで祖父の介護をし、「孝行娘」と評判だった。藍が美代子の家に行ったとき、祖父が「りえこお、なにしとるんやあ」と言った。関西弁だった。
介護や貧困にからめ捕られて袋小路の人生を生きる女たちの秘密を描くクライムノベル。
(光文社 1600円+税)
「とめどなく囁く」桐野夏生著
逗子のK漁港近くの山に位置する高級住宅地に塩崎早樹は住んでいた。夫の克典の前妻は、克典が大阪に出張しているとき、脳出血で死んだ。早樹の前夫、庸介は大学の准教授だった。ひとりで海釣りに出掛けたが、翌朝、無人のボートが発見された。庸介の母は息子の死を認めず、早樹は5年待って、年上の資産家の克典と再婚したのだった。
克典は造園業者の長谷川に勧められ、庭にアートを置くことにした。海の見える庭に白い大理石で造られた「海聲聴」、テラスの前には「焰」という作品を。「海聲聴」とは、海の底から響く聲を聴け、という意味だという。ある日、早樹の携帯に、庸介の母から電話がかかる。スーパーで庸介に似た男を見かけたというのだ。行方不明になって8年が経っていた。
夫の生存の知らせに心揺れる妻の物語。
(幻冬舎 1800円+税)
「狂歌」佐伯琴子著
福岡のフリーペーパーの編集長、寺嶋きり葉の元に、広告主の清倉龍臣から手紙が届いた。手紙には百人一首の恋歌「難波江の 葦のかりねの ひとよゆえ みをつくしてや 恋いわたるべき」の上の句を書いた切手が貼られていた。もう会うつもりはないというメッセージが込められているのだろうか。きり葉の心臓は激しく鼓動した。
2014年、料亭グループの社長の清倉は、カジノでパラオ在住の宇賀神と名乗る男に声をかけられ、20年前の事件のことを調べたと告げられる。清倉は宇賀神のビジネスの話には乗らなかったが、刺激を受けて仮想通貨の取引所を立ち上げることに。きり葉はその代表を任され、ビジネスは順調に拡大するが、ある日、80億円分あったはずのコイン残高は「ゼロ」になっていた。
道ならぬ恋と仮想通貨に狂った男女の、はてしない欲望を描く。
(日本経済新聞出版社 1600円+税)
「肖像彫刻家」篠田節子著
たいした才能もない彫刻家の高山正道は、高校の美術教諭をして支えてくれた妻にも見捨てられた。先輩に誘われてイタリアに渡り、彫刻を学んだが、センスと才能のなさはどうにもならない。肖像彫刻で食べていこうと、八ケ岳を望む山梨県の農家を借りて「ローマンアート タカヤマ」の看板を掲げたが、たまに依頼がきても、制作料金を告げるとそれきり連絡がない。
ある日、近くのイタリアンレストラン経営者の父親が訪れ、ギリシャの武将と勝利の女神をかたどった彫刻2体をほしいという。レストランの入り口に置いてもらえるなら宣伝になるので、ただでいいと言ったが、5000円置いて運んでいった。9月半ば、正道は田んぼの稲穂の真ん中にブロンズ像が立っているのを発見した。しかも、その像には……。
なぜか魂が宿ってしまう肖像彫刻をめぐる7つの短編。
(新潮社 1700円+税)
「キボウのミライ」福田和代著
出原しのぶとスモモこと東條桃花は南青山の雑居ビルで「S&S IT探偵事務所」を開いている。しのぶは元防衛省勤務、スモモは元警視庁勤務だったが、気になる依頼がきた。キボウというマルウエアの発信元になった掲示板の運営者について調べてほしいという。今回は予算がつかないが、来年度はサイバー防衛隊の特別顧問契約の可能性もあるというから悪くない。
ある日、しのぶとスモモは同じビルの1階にある行きつけの純喫茶「バルミ」に、警察官が出入りしているのに気づく。マスターのデラさんは実は元警察官で、7年前に娘を誘拐されたのをきっかけに警察を辞めたという。何年も捜査の進展はなかったが、最近になって捜査1課に娘の靴が片方送られてきて、事件がまた動きだしたのだ。
女性のアウトローコンビが活躍するエンターテインメント。
(祥伝社 1600円+税)