「おもかげ」浅田次郎著
定年退職した竹脇正一は、送別会からの帰路、花束を抱えたまま、乗り慣れた地下鉄丸ノ内線の車内で倒れた。病院の集中治療室に運ばれた竹脇は、瀕死で横たわる自分を横目に病院を抜け出し、ファンタスティックな異界へと導かれる。
毎日新聞連載中から話題を呼んだ長編小説。
年上の美しいマダムに誘われてディナーをともにしたり、白いサンドレスの女と静かな入り江を歩いたり、ミステリアスな美女と地下鉄に乗り合わせたり。夢ともうつつともつかない世界で、過去と現在を行きつもどりつ。竹脇のつらい出自と、自力で獲得した人生が明らかになっていく。
竹脇は親を知らない。養護施設で育ち、苦学して商社マンになった。妻にさえ真っ白い戸籍謄本を見せただけで、自分の出自を語ったことがない。
同じ施設で育った友、4歳で逝った息子、満開の花の下で捨てた恋人、そして自分を捨てた母。地下鉄の親密な闇に身を委ねながら、胸の奥の記憶が蘇り、抑えていた思いがあふれ出す。
敗戦の混乱期を黙して生き延び、高度成長の時代を支えた名もなき人々の姿が、竹脇に重なる。
感動の結末は、小説を読む醍醐味満点。
(毎日新聞出版 1500円+税)