「赤ひげ診療譚」山本周五郎著
江戸幕府直轄の小石川御薬園に、貧しい人たちのための施療所、小石川養生所が開設されたのは1722(享保7)年。小石川伝通院の町医者、小川笙船の幕府への建言によって実現したものだ。本書の主人公、赤ひげこと新出去定はその小川笙船をモデルとしたもの。
【あらすじ】3年間の長崎遊学から江戸へ戻ってきた保本登は、小石川養生所の門の前に立っていた。本来なら、父の友人で登の腕を買ってくれていた表御番医の天野源伯の推挙で幕府の御番医という栄達の道が待ち受けているはずだったのが、なぜかこの養生所の見習医として働くことになってしまった。しかも、遊学前に将来を約束していた源伯の娘ちぐさが若い弟子と密通して天野家を去ってしまったのだ。
建物内も医師たちの服装も極めて簡素で、なぜ長崎で蘭学を学んできた自分ほどの才能がある者が、こんなところで働かなければいけないのか。
不平たらたらの登は養生所のしきたりに従おうとはせず、責任者である去定にもことごとく反発する。しかし当の去定はそんな登の態度を意に介さず次々と登に患者をあてがっていく。幼い頃に性的虐待を受けて精神を病んだ大店の娘、幼い子どもたちを働かせて甘い汁を吸う母親、何度も婚約破棄をくり返す職人……それら患者と接していくうちに、登は去定の医術に対する真摯で貧しい者たちをなんとか助けようとする強い意志に感化されていく。
【読みどころ】いまあまたある名医ものの原点ともいうべき本作が刊行されたのは1959年。6年後の65年には黒沢明監督、三船敏郎の去定、加山雄三の登の配役で映画化され、ベネチア映画祭男優賞を受けるなど、戦後の名画としても名を残している。 <石>
(新潮社 693円)