自由な思いを詠める!短歌・川柳本特集
「芸人短歌」井口可奈編著
情景や感情を定められた音節で表現する、短歌や川柳などの定型詩。俳句とは異なり季語がなく、自由なテーマで詠むことが可能だ。今回は、芸人や元ホスト、そして超ご長寿によるユニークな短歌・川柳本を紹介。日本語の醍醐味を感じてほしい。
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「芸人短歌」井口可奈編著
「芸人さんは言葉に気を使う職業なので短歌に向いているのだと思う」という歌人の編者のもと、芸人が短歌を寄稿する冊子を企画編集し、一冊にまとめ上げたのが本書だ。若手からベテランまで総勢32人の短歌が掲載されており、それぞれの表現力に驚かされる。トリッキーな芸風で昨年のM-1グランプリ決勝戦にも残ったトム・ブラウン。ボケを担当するみちお氏の短歌は、テレビで見る姿との落差が激しい男前な作品だ。
【ネタうけた許されたのか人なのかすべてOKこの瞬間だ】
【フィクションもすべて現実。いやだってさ今ここで感じる俺は現実。】
自分を客観視しながら悟りを開いているような短歌。そしてロックンロールでもあると編者は評している。
【10㎝ 丈が足りないカーテンの隙間に猫が横切る昼間】(かが屋 加賀翔)
【ハリボーの透き通ってる熊だけを絶滅させるやわいくちびる】(大久保八億)
など、いくつもの短歌から芸人たちの別の顔が垣間見える。
(笠間書院 2200円)
「感じる万葉集」上野誠著
「感じる万葉集」上野誠著
自分でも詩を詠んでみたいと思ったら、その原点に触れてみるのはいかがか。本書では、万葉集の中からとくにオノマトペが詠まれた詩を取り上げて解説。万葉の人々が目の前の情景や感情をどのように感じ、どう表現していたかが分かってくる。
現代では泣いている様子を表すときに使う「しくしく」というオノマトペ。しかし万葉集には次のような詩がある。
【春雨のしくしく降るに高円の山の桜はいかにかあるらむ】
雨がしくしく降るとは妙だが、これは重なるという意味の動詞「しく」を2つ重ねたもの。つまり「しくしく」は物が重なり合ってゆくさまを表現しており、「しきりに」「絶え間なく」という意味となる。
【夢のみに継ぎて見えつつ高島の磯越す波のしくしく思ほゆ】
この詩には恋心が詠まれており、波のように途切れない思いが「しくしく」で表されているという。
言葉の響きから詩を詠み説く面白さが分かってくる。
(KADOKAWA 1595円)
「超シルバー川柳 レッツゴー100歳編」みやぎシルバーネット+河出書房新社編集部編
「超シルバー川柳 レッツゴー100歳編」みやぎシルバーネット+河出書房新社編集部編
【忘却とはこういう事かよ君の名は】
すれ違う恋人同士の姿を思い浮かべそうなこの川柳。しかし、詠み人が90歳のご長寿となれば話は変わる。毎日会っているのに誰だか思い出せない。本当に「君の名は?」となるのだから笑うしかない作品だ。
本書は全国のシルバーから投稿された川柳の中から、90歳以上の超ご長寿の作品のみを集めた傑作選。ユニークな中にも妙な説得力があり、クスッとしたりジーンとさせられたりする川柳がそろっている。
【恋のかけら抱いて死ぬまで女です】
【青春の心の傷がまだうずく】
97歳のご長寿の作品。ぜひ生き方を見習いたい情熱的な作品だ。
【ぐい飲みの冷えたビールで身の震え】
詠み人は98歳。夏の冷えたビールは最高にウマいが、100歳も近くなると冷たすぎる飲み物は危険なようだ。
最高齢102歳の作品は、
【百の字を五と間違って五歳と書く】
このぐらいのユルさがご長寿の秘訣なのかもしれない。
(河出書房新社 1200円)
「歌集月は綺麗で死んでもいいわ」SHUN著
「歌集月は綺麗で死んでもいいわ」SHUN著
歌人でありホストであり寿司屋の大将という経歴を持つ著者。所属するホストクラブでは月1回、選者に俵万智氏らが加わる「ホスト歌会」が行われており、中でも著者は才能を激賞され2022年度角川短歌賞最終候補にまで残った。
ホストになった理由を「ヤクザにならないため」と語る著者初の単独歌集となる本書。1ページ目から衝撃的な短歌が並ぶ。
【オレンジに染まる団地に誘われた六歳の夏「おしっこ見せて」】
【電球の下に集まる三匹の小蝿見ており肌吸われつつ】
【おかえりと言われる前にただいまを僕は言えたよ言えたよ僕は】
幼い頃に性被害に遭ったという傷をむき出しにしながら、彼の人生が紡がれていくのだ。
やがて、新宿・歌舞伎町でホストとしての人生が始まる。
【酒臭い互いの傷を舐めおれば死んだ色した目玉うつくし】
【ゆうだちに傘をたたんで空を見る何してんだろ、睫毛がうざい】
唯一無二の歌人が詠む世界観に引き込まれる。
(新潮社 1815円)