消え入りそうな声でしのぶは「わたし…仕事が…したい」
まだ意識があった。
スキルス性胃がんは無慈悲にも23歳という若さの堀江しのぶを地上から奪い去ろうとしていた。
いままで世話になった野田の顔を見て、彼女はかすかに笑みを浮かべた。野田には抱っこしてあげることしかできなかった。堀江しのぶが消え入りそうな声で言った。
「社長……」
「うん、うん」
「わたし……仕事が……したい」
軽くなったしのぶを抱っこしながら、野田は慈しみを込めて言った。
「うん、仕事しよう」
返事はなかった。
野田の記憶はその後、消えている。
1988年9月13日午前4時28分、スキルス性胃がんのため死去。戒名は「麗光貞忍大姉」。
コン……コン……コン。
野田の記憶がよみがえったのは、堀江しのぶが納まった棺の蓋を打っているところからだった。