消え入りそうな声でしのぶは「わたし…仕事が…したい」
「おれ、何やってるかその前後、覚えてないんですよ。お葬式で棺に釘を打つじゃないですか。そこからなんです、覚えているのは」
あまりにもつらい体験をすると記憶が消されてしまう場合がある。強烈な悲劇に見舞われた野田義治にも、忘却のメカニズムが作動せざるを得なかったのだ。
テレビで堀江しのぶの死を報道するときに野田義治のインタビュー光景が流される。
「ワイドショーでしのぶの昔の映像がバンバン流されるんですよ。そのたびに、あのときはこうだったよな、楽しかったよな、しのぶ、元気だったよな、ああ、あのときなんで気がつかなかったんだろうとか、それからなんだろうな、ともかく何やってたんだろう、あのときのオレって延々とつづくんです」
健康的な色気とグラマラスなスタイルで、さあ、これから、という矢先の死だった。
とめどなく流れた涙も枯れ果て、嗚咽だけが野田の喉奥から漏れてきた。
若くて美貌の女性というのは、死からもっとも遠い存在のように思える。堀江しのぶの生き生きとした日々と並走してきた野田義治はこの先のことなど考えられなかった。