手を出す? 俺にとって麗子はストライクゾーンに入らない
彼女の実家は文京区白山あたりの和菓子屋だったかな。そこに彼女を迎えに行き、そのまま男が待っているという喫茶店に車を飛ばした。
ひと目見て、ちょっと悪ぶっているだけのチンピラだと分かったよ。女好きのするタイプだけど、性根が据わっているようには見えない。だから、四の五の言ってもしょうがない。俺は単刀直入に切り出したよ。
「そろそろ別れてやれよ。こいつも女優として、これから伸びる時期なんだから。本気で惚れてるんなら、売れるまで待ってもいいだろ? えっ、どうなんだ」
とくに凄んだわけでもなく、ちょっと睨みつけただけなんだけど、すぐに納得したよ。それ以上、麗子につきまとうこともなかった。まあ、当時の俺は相手の男からしたら、かなり不良っぽく見えたのかもしれない。ただ、このときは麗子が女優として伸びるなんて、これっぽっちも思ってない。嘘も方便だと思って出た言葉だった。
麗子は映画からテレビに活躍の場を移してから一気にブレークした。ウイスキーのCMも人気に一役買ったし、やがてNHKの大河ドラマ「春日局」にも主演。この頃が絶頂期だったかな。
しかし、転落も早かった。母親の介護もあったようだし、自分自身、ギラン・バレー症候群という難病との闘いもあった。病気が進行しているとは聞いていたけど、まさか62歳で孤独死するとは思いもしなかった。俺には生き急いだ人生に見えてしょうがない。 (つづく)