俳優も震え上がった“トップ屋”と呼ばれたフリー記者の存在
週刊誌創刊ブームの昭和30年代、「トップ屋」と呼ばれる人がいた。週刊誌の目玉となるトップ(巻頭)記事を自ら持ち込む。「ドクターX」のナレーション風にすれば、
「群れを嫌い、編集部に所属することもなく、取材のスキルを武器に生きるフリーランスの記者」
後に作家になった梶山季之や草柳大蔵らを輩出している。時代劇でいえば「賞金稼ぎ」「一匹狼」といったところだろう。
私が週刊誌の世界に入った頃もまだ数人の「トップ屋」がいた。週刊ポストの人気シリーズだった「衝撃の告白」などを手掛けたのもトップ屋の人たち。芸能人を中心にさまざまなジャンルの人の性告白など、あまりに衝撃的なものだったが、舞台裏では裁判沙汰になることもあり、やがてシリーズは終わっている。
トップ屋に初めて会った時の強烈な印象が今も鮮明に残っている。当時は珍しいパーマをかけた茶髪のロン毛。派手なダブルのスーツに濃いグリーンのレイバンのサングラスをかけていた。声をかけられても緊張で体が固まった。冬になるとトレンチコートを着るというより羽織る感じで街を闊歩する。芸能人でもヤクザでもない。何者かと誰もが振り返る。