笛の腕前を見込んだ家元が「落語家、やめられませんか?」
一朝は落語界で「笛の名手」として知られる。前座時代から習っていたことは前に記したが、その後も稽古を続けたわけだ。
「祭り囃子が好きで始めたのが、二つ目になって本格的に習うようになりました。やってるうちに、長唄や清元の笛も覚えたわけです」
そして、歌舞伎座の囃子方として働くようになる。
「笛の兄弟子が歌舞伎座に入ってまして、手が足らないので手伝ってくれと頼まれたんです。仕事が少ない時期だったんで喜んで引き受けて、落語の仕事がある時だけ休ませてもらいました。そのうち笛の家元が、『落語家、やめられませんか?』って。それは無理だっていうの」
そこまで家元に見込まれるのだから、よほどの腕だったのだろう。
「笛の方の名前は鳳聲克美というんですが、4世中村雀右衛門さんと3世実川延若さんが『男女道成寺』を踊った時です。仲間の柳家小里んと古今亭志ん橋が見に来て、緞帳が上がったとたん、大向こうから『鳳聲克美!』と声が掛かった。噺家だから声が通るんですよ。当たり前なら雀右衛門さんに『京屋!』と声が掛かるとこなのに、囃子方の下っ端のあたしに声が掛けられたので、長唄連中が全員あたしの方を見るわ、雀右衛門さんには睨まれるわで参りました」