<16>自叙伝を出版するのにドン・ファンは金を出し渋り約束を反故に…
「社長と連絡が取れないんですけれど、体の具合でも悪いのですか?」
野崎幸助さんに頼まれていた自叙伝の前半部分を書き上げた私は、彼の会社「アプリコ」に何度か電話をかけた。
「そんなことはないですよ。毎朝、会社に来ていますから」
「原稿は届いていますよね」
「ええ、社長に渡してあります」
経理担当の佐山さんに電話をくれるように言付けをしても、なしのつぶてだった。いつも機関銃のようにかかってきた早朝電話の呼び出し音も途絶えた。
「社長がな、出版するのにお金を出すのを渋っているようで、ヨッシーからの連絡には出ないし、自分からも連絡せんことにしているんや。都合が悪くなるとぴたっと連絡を絶つのも社長の悪いクセやからな。酷い話やで」
原稿を送ってから10日ほど後に、アプリコの番頭格マコやんから連絡が来た。まるで叱られるのを恐れて逃げ回っている子供のようだ。社長という立場がある大人のやることではないだろう。腹が立ったが契約書を交わしているわけではない。泣き寝入りをするしかないのかと、嫌な気分になった。