バリキャリ→量産型主婦への変貌に愕然「仕事も結婚も…なんて無理だよ」心配ぶった“呪い”はもうウンザリ【東戸塚の女・山森麗菜30歳 #2】
【東戸塚の女・山森麗菜30歳 #2】
【何者でもない、惑う女たちー小説ー】
タワーマンションが立ち並ぶ街・東戸塚に暮らす麗菜。現在は0歳児の長女の育休中で、第二子を妊娠中である。先々を見据えてライフプランを計画し、要領よく生きていることを自負する麗菜であるが……。【前回はこちら】
◇ ◇ ◇
平日の昼下がり。スタバは満席だった。
「杉山麗菜さんだよね。私、覚えている?」
「――あ、はい。荒川晶子さんですよね?」
「うふふ。今は……吉川なんだけれどね。ここお邪魔していいかしら?」
なんという偶然。麗菜は驚きを隠せぬまま頷く。
旧姓呼びなのはお互い様だった。
まるで「量産型の主婦」じゃないか
彼女は相変わらずイオンの2階のバッグを持っていた。ペラペラのベージュのロングコートの中には、驚くことにエルゴに守られた小さい命がある。第二子だろうか。麗菜は頭の中で、必死に彼女の年齢を計算した。
「ウフフ。こんな再会があるなんてね」
晶子は、ぱっちりとした目を皺で埋もれさせながら、麗菜に微笑んだ。化粧は最低限、髪は結わえただけだ。
――かつては何千万ものお金を動かす仕事をしていたようには見えない……。
量産型の40代一般主婦、そのものだった。
「晶子さんは、この街に住んでいるんですか?」
麗菜が尋ねると、「10年前、会社を辞めた後すぐ」と返ってきた。晶子の夫の勤務する会社が横須賀線沿線にあるのだそうだ。そして麗菜も同じ質問を返された。
「私は、結婚を機に引っ越して来たんですよ。育児もしやすそうな街ですし」
「あら、育児……というと、お子さんがいらっしゃるの?」
「今8カ月で一時保育に預けています。あと、お腹にも」
「ええ!? 年子なんて大変ね」
「……」
なぜか、カチンときてしまった。
「私も、そんな風に思っていた時期、あったよ」
年子育児が大変なことは承知している。純粋な反応に違いないが、ブランクを一度で済ませるために、麗菜は〝あえて”そうしているのに。
保活において、この地では2子同時申請が加点やランク的にかなり有利であると聞いている。そうした上での戦略的な判断であるがゆえ、憐れまれる筋合いはなかった。
麗菜は相手を心配するふりで反抗した。
「晶子さんの方がむしろ大変じゃないですか? 一番上の子は10歳くらいですよね。それに、その赤ちゃん……」
「そうそう。高齢出産だし、金銭的にも体力的にも大変よ」
言い過ぎたかと過ったが、満面の笑み。晶子が鈍感でよかったと胸をなでおろした。
「いまお仕事はされているんですか?」
麗菜は、答えが分かり切っている質問を投げてみた。赤ちゃんを抱いているのだから、していないに決まっている。回答は、想定通り「いいえ」だった。
「私はこの子が生まれたら、すぐに復帰の予定なんです。しばらく時短になると思いますが、できる限り早めにフルで復帰しようと思います」
麗菜が分かり切った質問をしたのは、彼女に対する無念を当てつけたかったのかもしれない。案の定、晶子の目の色がよどむ。
「私も、そんな風に思っていた時期、あったよ」
先輩ママの言葉は「言い訳」にしか聞こえない
遠い目の晶子は、胸の上で眠る我が子をさすりながら、さらにつぶやいた。
「上の子が生まれたばかりの頃は、私もそのつもりだったな。でも、保育園に入れなくてね。結果的にはよかったと思う。第二子不妊だったし、コロナもあったから」
「大変でしたね」
バトルに勝利した如き爽快感を同情の言葉で装いながら、麗菜は心の中で彼女を軽蔑した。
――晶子さん。それは所詮、言い訳ですよ。
保育園はこの辺りであれば、選ばなければ供給も十分のはず。不妊治療だって、恐らく年齢的に時間がかかったのだから、もう少し早くから始めていればよかっただろう。晶子が結婚したのは20代の時だったと聞く。
コロナ禍も、むしろ結果的に在宅勤務が促進されたこともあり、働くママが受ける影響として悪いことばかりではない。なにより、何もせず愚痴ばかりの晶子にうんざりした。ため息も出ないくらいに。
晶子は愚痴るように、さらに続けた。
「結婚と仕事の両立はできないよ?」クソリプにはウンザリ
「復帰後は大変よ。子どもはすぐ熱だすし、小学校で時短解除なんてできないよ。キッズも学童も遅くまで預かってくれないもの。しかもその頃には、子どもも意志を持っちゃうからね。あと、親が呼びかけないと、勉強もしないし……」
口を開けば否定ばかり。
ただ、これは年長者によくある、心配にかこつけた呪いなのだと、麗菜は今までの経験則で戒める。
『就職活動は大変だよ?』
『女性は大きな仕事を任せてくれないよ』
『結婚も、仕事も、子どもも、なんてできないよ』
『子どもなんて、欲しい時にすぐできないよ』
これは、麗菜が大学生の頃、仕事も恋も手に入れたいと夢を語った時に、人生の先輩方からかけられた余計な助言だ。つまりSNSで言うとクソリプ。
しかし、結局、今に至るまで全くその通りになっていない。
麗菜は全て手に入れてきた。未来の困難に素直におびえていたあの頃の自分が、とても馬鹿らしかった。
「ご教示、ありがとうございます。だけど私は、大丈夫です。制度も、支援やサービスについてもちゃんと、調べているし、準備もしています」
麗菜は目の前の晶子をじっと見据えた。晶子に言い聞かせるように。
「そうよね、がんばって。時代が違うものね」
また言い訳。麗菜はもううんざりしてしまった。
ネガティブな相手とはいるだけでHPが減る。
もう、こうやって面と向かって話すことはないだろう、そんなことを考えながら、手元のTOEICの参考書をこれ見よがしに鞄に仕舞った。
不思議な誘いが晶子から届く
「一時保育のお迎えのお時間なんです。晶子さんはごゆっくり」
「そうなんだ。じゃあまた」
「また」
心にもない“また”を別れの言葉に変える。
しかし、その数日後、麗菜は晶子から不思議な誘いを受けたのだった。
【#3へつづく:有能でも「ママ」の肩書きに埋もれる現実。“報われない世代”が後輩ママにウザがられても助言するわけ】
(ミドリマチ/作家・ライター)