鮎川誠さんは「ロックは譜面に縛られないのが醍醐味」と言った
1973年結成の「センチメンタル・シティ・ロマンス」のリードボーカル中野督夫さんが7月27日に亡くなった。センチは、竹内まりやさんらのライブやレコーディングでも活躍。ロフトとの関係は73年にスタートした。「西荻窪ロフト」のオープニング10日間ライブの初日・7月11日にステージに立ってくれた。享年67。ご冥福をお祈りします。今回は「シーナ&ロケッツ」のリーダー鮎川誠さんインタビュー第2弾。73歳の現役ロッカーに「東京進出のキッカケ」などを聞いた。
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平野 どんなミュージシャンから影響を受けましたか?
「小学校からロックを聴きよった。リトル・リチャード、レイ・チャールズ、エルビス……まだロックという言葉も知らんやったけど。それからビートルズを知り、ローリング・ストーンズ、キンクス、アニマルズ、WHOなどバンバン出てきてエレキギターが欲しくなり、中学の修学旅行の積立金を狙いました」
平野 あの当時、エレキギターを買えるのは本当に金持ちの家の息子くらいでした。