香川照之に続きENEOS会長までクラブでご乱行…彼らの失敗の本質はどこにあるのか
座を乱すヤツは、ほかの客が黙っていなかった
両方とも週刊新潮がスクープしたものだが、報道後、香川はほとんどの番組やCMの仕事を失った。杉森は8月12日、すべての役職から辞任した。新聞は当初、「突然辞任」としか報じなかったが、週刊新潮電子版を見てあわてて「辞任理由は性暴力だった」(朝日新聞DIGITAL 9月21日15時50分)と続報した。
私は、2本の記事を読んで怒りがわいた。今や安手のキャバクラのようになったクラブに対してではない。2人にはもちろんだが、その店の客に対してである。杉森のいたのはVIPルームだったそうだが、あれだけのバカ騒ぎに客が気づかないわけはない。香川は衆人環視の中である。「昔は」などという言葉を持ち出したくはないが、銀座には客に対して毅然としているママがいた。客にも遊び方を心得ている粋な連中が多かった。
あのような光景を前にすれば、客が騒ぎ出して止めに入り、香川や杉森を叩き出していたはずである。クラブというのは、あるハードル(カネや地位)を越えた人間の集まりだから、店に入れば浮世のしがらみを忘れ、ひと時を過ごすというのが共通認識であるはずだ。
有名芸能人だろうと大企業の会長だろうと、座を乱すヤツは、ほかの客が黙っていなかった。少なくとも、私が通っていた頃の銀座はそうだった。
石原裕次郎はクラブの女性と数多くの浮名を流した。銀座「リップ」の雇われママ、祇園の「千子」のママだったと、アサヒ芸能(1987年7月30日号)が報じている。勝新太郎も取り巻きを大勢連れて飲み歩き、クラブの女性と愛人関係にあったが、客も彼の振る舞いを許し、何よりも勝新という男を愛していた。
香川も杉森も、外の世界の“権力”を、そのままクラブの中に持ち込んだため、人生最大の陥穽(かんせい)にはまった。
「人の本質を見たかったら、小さな権力を持たせてみなさい」
ある銀座のママの言葉である。 (文中敬称略)
(「週刊現代」「フライデー」元編集長・元木昌彦)