川崎で50年「やきとり泉家」のオーナーがくぐり抜けた“切った張った”の荒っぽい時代
第26回 川崎③
「元祖立ち飲み屋」の原沢店長から紹介され、すぐさま飛び込んだのが「やきとり泉家」。川崎駅東口から国道15号まで続く仲見世通りの中ほどにクラシックなたたずまいをそのまま残す老舗酒場だ。周辺の店はほとんどが新しくできた今どきの飲食店ばかり。そんな中で泉家の存在は異彩を放っている。
中をのぞくとカウンターにいる親父さんが笑顔で手招き。暖簾はまだ出ていなかったが、中に入ると「どうぞどうぞ。飲み物は?」。じゃ、生中(600円)、焼き物はカシラと鳥皮(各140円)とアスパラ巻き(170円)をそれぞれ2本ずつ塩焼きで。こちらの素性を明かすと、いきなり「ゲンダイはずっと読んでたよ。競馬ではずいぶん世話になったね(笑)」。つかみはOK。焼いている手を休めず、「うちも去年で50年。この辺の店で昔から残っているのはうちとちょっと先にある鳥彦くらいだ」。代替わりをきっかけに賃貸にしたところがほとんどかと思えばそうでもないらしい。「みんなこっちの関係に取られちゃったんだよ」。創業オーナーの藤木店長は顔をしかめて人さし指を頬っぺたにあて下に引いた。なるほど。
「うちが店を出した頃は、そこら中で切った張ったばかり。どこそこで誰が殺されたなんて日常茶飯事さ」
たしか菅原文太・深作欣二コンビの「人斬り与太」の舞台はこの辺りじゃなかったかな。この映画の公開が1972年。泉家創業が翌73年。まさに荒っぽい時代をくぐり抜けてきたわけだ。