(23)英語教師の職を捨て“憧れのタクシードライバー”になった同僚の話
■あるとき、その語学力がアダとなった
家業を手伝っていたころ、私のまわりには経済的にこんな“綱渡り生活”を送っている人はいなかった。タクシードライバーになってはじめて、そういうタイプの人に遭遇した。その意味では、お客との出会いを含めてさまざまな人間模様に触れることができたということも事実だ。社会勉強の機会を得られたことは間違いない。
ほとんどのタクシードライバーが「デモシカ」でこの職業に就くなか、タクシードライバーに憧れて入社してきたという珍しい同僚もいた。前職はなんと高校教師。50歳で転職してきた。「子供のころからの夢。多くの人に出会って、世間のことを知りたいし、運転が好き」とすがすがしい表情で話していた。私を含めて多くの同僚は「もったいない。なにが悲しくてこの仕事に」という思いだったはずだ。そんな彼だが、思わぬところで「前職」がアダになってしまったことがある。彼の話はこうだ。
ある日の午後のこと。浅草で3人の若い外国人女性客を乗せ、六本木方面に走らせていた。3人は車内で楽しげに話し込んでいる。途中、「原宿の竹下通りで楽しみたいがどの店に行ったらいいかわからない」という声が聞こえてきた。彼女たちが話すのは英語だ。会社の業務規則では、ドライバーからお客に話しかけるのは原則禁止なのだが、彼は親切心から思わず「○○が人気でおすすめですよ」と英語で割り込んでしまった。その途端、車内は凍りついたようにシーンとなってしまったという。彼にしてみれば「オー、サンキュー」くらいの反応を期待していたのだろう。