塩水港製糖・久野修慈会長<4>「植木鉢」にまつわる知恵
スカウトされる形で大都魚類から親会社の大洋漁業に移った久野氏。最初に配属されたのは、子会社の財務状況を調べ、立て直す部署だった。
「当時の大洋漁業は隆盛の真っただ中で、全国各地に子会社を約170社ほど持っていた。魚をとったり売るだけでなく、海運や造船、真珠の養殖、ミンクを…
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