「兵站」無視で突き進んだ太平洋戦争 兵士の7割は餓死した

太平洋戦争で戦死した兵士のうち、7割は餓死だったという。戦わずして死亡したことになる。軍事指導者は戦線を一方的に拡大して兵士をあらゆる地域に送り込み、戦闘とその地の防衛を命じたが、「兵站」を考えていなかった。兵站とは東南アジアの各地に散らばった兵士に食糧や衣服、日用品、さらには…
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