原さんの飛距離、篠塚さんの技術、斎藤雅さんの肩慣らしに驚愕
1年間の浪人の末、巨人入団の夢をかなえた僕はしかし、すぐに自信を喪失することになります。
「元木、惨め 2日目で失格 パンク寸前」
スポーツ紙にそんな見出しが躍ったのは、グアムで始まった1991年春のキャンプのことでした。2日目の強化走についていけず、書かれた通りにリタイア寸前。急きょ、ベテラン組に編入されたものの、33歳の篠塚和典さん、32歳の原辰徳さんにもスタミナの差をまざまざと見せつけられる。限られた練習しかこなせなかった1年間のハワイへの野球留学で、19歳の僕の体力は、すっかり錆びついていることを実感せざるを得ませんでした。
体力だけではありません。打撃練習での原さんや駒田徳広さんの打球の飛距離、細い体で同じようにスタンドにポンポンと打球を運ぶ篠塚さんの技術……。全員が怪物に見えました。プロのパワー、スピード、テクニックを目の当たりにして、恐怖を覚えたほどです。
そして、斎藤雅樹さんの投げる球を見て、僕はいよいよ「とんでもない世界に入ってしまった」と後悔します。キャンプ10日目過ぎ、フリー打撃に登板する斎藤さんがマウンドに立つと、藤田元司監督から「ちょっと打席に立ってボールを見てみろ」と声がかかりました。当時の斎藤さんは26歳。前年に2年連続の20勝を挙げ、「日本球界ナンバーワン投手」「ミスター完投」の異名をいただいていた全盛期です。