ボトムアップ方式の堀越高校と独裁体制に胡坐をかいた秀岳館高校との決定的な違い(下)
熊本県の私立・秀岳館高校サッカー部の30代男性コーチが、部員への暴行で書類送検された事件は、高校側が当該コーチを懲戒免職処分とし、段原一詞監督(49)の提出した退職届を受理したことを17日、県に報告したという。しかし、この一連の不祥事が明らかとなり、改めて「部活において抑圧・暴力が依然としてはびこっている」ことに慄然とさせられるばかり。選手たちが主体的に考える「ボトムアップ方式」にシフトチェンジし、急成長を遂げた堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓したスポーツライター・加部究氏による特別寄稿の「下」である。
■卒業生が大学1年で関東大学選抜入り
堀越高校サッカー部は、選手主体のボトムアップ方式に切り替えて9年目で全国高校サッカー選手権に29年ぶりの出場を果たすと、昨年度も激戦の東京都予選を2年連続で勝ち抜いた。
さらに際立つのが、巣立っていった選手たちの卒業後の充実ぶりである。 2020年度に主将を務めた日野翔太は、拓殖大学へ進んで1年時からレギュラーに抜擢され、早くも関東大学選抜にも選出された。
日野と同級生で守備の要だった井上大聖は順天堂大学へ進学し、5月14日の駒澤大学戦では1学年上の主将だった坂本琉維とともにスタメン出場を果たした。
さらに現在東京国際大学2年生の尾崎岳人も、同リーグでベンチ入りを続けている。
堀越高校では、選手たちが持ち回りで試合の分析を発表し、随時自主的にミーティングを繰り返していく。全国高校選手権でもベンチにホワイトボードを持ち込み、ハーフタイムもロッカーに戻らず話し合った。
トレーニングはコンパクトに流れて行く。だが個々がピッチ上でもピッチから離れても、サッカーについて考え続けた。長所と短所を自覚し、どこを武器にしてどこを修正していくのかを工夫し続ける。それを繰り返すことで「選手たちは伸びたい時に野性的に伸びていくんです」と、セレッソ大阪出身の藏田茂樹コーチは語る。
指導者主導型の部活がビニールハウス栽培だとしたら、ボトムアップ方式は自然栽培だと例えるのだ。
堀越高校にも理不尽なルールはあった
かつてトップダウンだった頃の堀越は、過度に上級生を優遇する理不尽なルールもあり、サッカーに集中できずに問題を起こす生徒も目立った。
しかし現在は自主的な活動を望んで入学して来る選手が大半を占め、自分たちが定めた目標へ向かって各自が置かれた立場や責任をわきまえて邁進している。
そんな選手たちに囲まれた佐藤実監督は「こいつら、本当に大人だな」と感心することが増えているそうだ。
日本では野球が先駆けた全国高校選手権に、サッカーも続いた。国立を甲子園に相当する聖地に見立て、舞台を首都圏に移すと飛躍的に注目度が高まった。プロのない時代には、高校選手権人気が日本代表を圧倒した。 もちろんそこで大舞台を用意し、サッカー少年たちの夢を繋ぎ止めたからこそ、今がある。それも事実だろう。
だが反面、高校サッカー界には、各地に勝たせるという意味での名将が誕生し、多くの選手たちを吸い寄せた。
大量の部員が押し寄せた強豪校では、最初からふるい落としにかけて部員を絞り、スタッフにも選手たちにも明確なヒエラルキーを作り、厳しい逆境に耐え抜いた者だけが最後に笑う構図を構築した。
秀岳館・段原監督の処分は当然
サッカー少年のために用意したはずの夢舞台は、いつしか頂点で部活を操る指導者にスポットライトが当たるイベントに様変わりし、逆に全体の1割にも満たないレギュラーに届かなかった大量の選手たちに悔恨を残すことになった。
しかも1割の側が理不尽に耐えた涙と流した汗を勝因と捉え、旧来の方法を引き継いでいるから根は深い。
JFA(日本サッカー協会)は「暴力と暴行の完全な根絶を目指す」と宣言し、秀岳館高校サッカー部の聞き取り調査に足を運んだ。
段原一詞監督の処分は当然である。だがプロから高校、さらには若年層の育成現場まで次々にパワハラが発覚してくる状況を踏まえれば、「完全な根絶」への有効な施策と、それを決然と牽引できるリーダーの発掘が急務だ。
新しい指導者像を発信している
欧州を筆頭に先進国では育成のリテラシーが共有され、成長過程の結果を殊更クローズアップすることが勝利至上主義を誘発し、選手育成にも支障をきたすという認識が浸透している。
それが全国大会のように過度な晴れ舞台を設けていない理由だ。その点で小学生から複数の全国大会を乱立させる日本サッカー界の育成スタンスは、明らかに世界と逆行している。
持てる才能を健やかに伸ばせる環境に身を置ける選手と、途中で苦しみ脱落していく選手の比率を考えれば、早晩息詰まるのは目に見えている。
堀越高校サッカー部を改革した佐藤監督は「ここにはカリスマ監督は要らない」と言う。
「選手たちがカリスマになり、その土台の上にまた選手たちが乗っかっていく」
誰が引き継いでも続いていく組織作りがテーマであり、佐藤監督は下から主役の選手たちを支える新しい指導者像を発信している。(おわり)
▽加部究(かべ・きわむ) 1958年生まれ。1986年メキシコW杯を取材するためにスポーツニッポン新聞社を3年で退社。フリーランスのスポーツライターに転身してW杯現地取材7回。育成年代についての造詣も深い。サッカーダイジェスト誌の連載コラム「フットボール見聞録」は600回を超えてロングラン中。『日本サッカー戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』『サッカー通訳戦記』『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』『祝祭』『真空飛び膝蹴りの真実』『忠成』など著書多数。