近鉄元監督・別当薫は悩める「18歳の4番打者」土井正博を静かな声で励ました
しかし、野球の神様は土井を見捨てなかった。千葉が突然解任され、新監督に別当薫が就任することになったのだ。
ホームランバッターとしての土井の素質を別当はすぐに見抜く。そして、マスコミが取り上げない弱小チーム近鉄の話題づくりのため、事あるごとに土井を4番に起用することを公言した。「18歳の4番打者」はインパクトがあった。新聞各紙に取り上げられ注目を集めた。
だが、オープン戦はもちろんシーズンに入っても肝心の土井の打棒は一向に火を噴かない。当然、猛者揃いの先輩たちは4番打者とは名ばかりの若い土井に容赦なく厳しい言葉を浴びせる。結果を出さねばと焦れば焦るほど土井のバットは空を切る。悩みに悩んだ土井は、
「僕には務まりません。4番を外してください」
と申し出た。すると、別当が静かな声で言った。
「おまえも苦しいだろうが、使っている俺はもっと苦しいんだ。今は我慢だ。我慢して頑張っていれば、いつしか花が咲く」
別当の言葉通り翌63年、土井は前年を上回る打率2割7分6厘、13本塁打をマークし、その後リーグを代表する打者となっていくのである。
(清水一利/ライター)