「峠越え」伊東潤著
■凡庸さを自覚、天下人となった家康の人間力を活写
IT業界から歴史小説作家に転身、吉川英治文学新人賞、山田風太郎賞など数々の賞を受けた実力派が、徳川家康を描いた。
己の凡庸さを自覚している家康は、才走った信長を畏怖している。同盟関係にありながら、信長を頭上の重しのように感じ、信長のひと言に、家康の肝は縮み上がる。
小心な家康だが、それでも三河武士の粘り強さで、桶狭間、姉川、三方ケ原など幾多の戦いを切り抜け、信長を助ける。だが、常人ではない信長の思惑は計り知れない。今川も武田も滅んだ今、自分は用済みになったのではないか。
疑心暗鬼になりながらも、信長の招きに応じて家康は安土に赴く。京、大坂、堺を転々と連れ回されていた折も折、本能寺の変で信長死去。明智光秀の追っ手を逃れるために、家康一行は難所である伊賀の峠越えに挑む。用心深い重臣たちに支えられ、家康は死を覚悟しながらも、一つ、また一つと峠を越えていく。
信長には家康を謀殺する計画があったとの説に基づき、本能寺の変の意外な真相が描かれる。からくも生き延びた家康は心の中で信長に言う。「凡庸なわしを侮りましたな」。やがて天下人となる家康の人間力を活写した傑作長編。