「忘れられた巨人」カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳
物語の主人公は、人口60人ほどの巣穴のような村に住む、アクセルとベアトリスという老夫婦。この村では立ち込める奇妙な霧のせいか、過去に起きたことを多くの人がすぐ忘れてしまう。優れた治療の技を持つ赤毛の女がいなくなったこと、行方不明になって捜し回った少女を発見してもそれがなかったことのようになってしまったことなど、アクセルはふと思い出しては、老いた自分自身の勘違いかもしれないと確信が持てないままでいた。そんなある日、アクセルは以前妻から息子と会うために旅に出ようと誘われていたことを思い出す。自分たちがなぜこの村にいるのか、なぜ息子がそばにはいないのか、そして息子がいるはずの村がどこだったのかさえ、あやふやなままふたりは長年暮らした村を後にする。果たしてふたりは無事に息子と再会できるのか――。
「日の名残り」でイギリス文学の最高峰ブッカー賞に輝いた著者による10年ぶりの新作長編。アーサー王神話やファンタジーの要素を盛り込んだ意欲作で、記憶に立ち込めた霧を取り去ろうと試みる夫婦の愛と痛みの物語が示唆する世界観が深い。(早川書房 1900円+税)