「ロマ『ジプシー』と呼ばないで」金子マーティン氏
「ジプシー」とは差別語であり、蔑称であることをご存じだろうか。日本では昭和歌謡界で使われたり、放浪するさまの例えで用いてきたが、今は使われていない。では、彼らをどう呼ぶべきか。
「『ロマ』です。社会的少数者は彼らが使っている名前で呼ばれるべき。数年前から日本の新聞でもロマという言葉を使うようになりましたが、はたして読者にどこまで浸透しているかはわかりません。また、移動型民族と言われますが、今は大多数のロマが定住者です。僕は毎年ロマの家を訪問しますが、移動していたら会えないですよね」
ロマはインド発祥の少数民族である。慣習や文化の違いがメディアによってマイナスイメージ先行で伝えられ、特に欧州では今もなお根強い差別と迫害を受けている。
「ロマの半数以上は自分がロマであることを隠し、子供たちにも教えていません。アイデンティティーもロマニ語という言語も失われてしまうのは、民族にとって致命的です。それでも隠すのは、いまだに時代錯誤的な差別があるから。EU圏内でもロマ襲撃事件が多発し、命や生活を奪われています。信じ難いヘイトクライムが横行しているのです」
著者がロマ研究を始めた契機は、39年前に読んだ雑誌だった。その記事で、ロマもユダヤ人同様にナチスの迫害を受けていたことを初めて知る。
「僕自身、7歳で日本に来て、その頃に差別された経験がありました。もともとは被差別部落の実態を調査していたのですが、己の不勉強を恥じましたね。ナチスに強制収容され、生き延びたロマに直接会い、信頼を得るまでに相当時間を要して、ロマが今も迫害されている現実を書いたこの本を出すのに、40年もかかりました」
著者は日本語でジプシーと銘打った本は片っ端から読んだという。ロマと直接会ってもいない大学教授が書いたトンデモ差別本や、根本的に差別意識を持った女性が書いたエッセー本など多数検証した。
この本では、ロマを迫害する歴史修正主義者(史実を矮小化したり、否定する人)の偽証を指摘。さらに欧州各国のロマ差別の実態と政府の対応の甘さ、そして日本を含むメディアの偏向報道にも斬り込んでいる。
「僕は学生に『資料批判が大事』と言っています。出版物もネット情報もうのみにするなと。大切なのは、たくさんの本を読むことではなくて、当事者たちに会うこと。事実を知らないのに偏見だけは持っている人が多すぎます。まずは、そこから変えることですね」(影書房 2100円+税)
▽1949年、英国生まれ。78年ウィーン総合大学で哲学博士号を取得、83年にオーストリア国籍を取得。91年から日本女子大学人間社会学部現代社会学科教授。著書に「『ジプシー収容所』の記憶―ロマ民族とホロコースト」などのほか、「エデとウンク 1930年ベルリンの物語」など、日本語訳書も多数。