著者のコラム一覧
青沼陽一郎

作家・ジャーナリスト。1968年、長野県生まれ。犯罪事件、社会事象などをテーマに、精力的にルポルタージュ作品を発表。著書に「食料植民地ニッポン」「オウム裁判傍笑記」「私が見た21の死刑判決」など。

被害者遺族に寄り添い事件に迫る

公開日: 更新日:

「いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件」大崎善生著 KADOKAWA 1600円+税

 闇サイトで出会った素性も定かでない男3人が、見ず知らずの帰宅途中の女性を車に拉致し、現金を奪って殺害する。それもハンマーで頭を叩き、ガムテープで顔をぐるぐる巻きにし、その上からレジ袋をかぶせ、再びハンマーで30発は殴る。遺体はそのままゴミのように遺棄された。2007年8月に名古屋で起きた「闇サイト殺人事件」だ。

 日本の司法では、1人を殺してもまず死刑にはならない。最高裁が死刑判断の基準を示した「永山判決」に倣うからだ。ところが、この事件は違った。1審の名古屋地裁は1人に自首を認めて無期懲役としたが、2人には死刑を言い渡した。すべてが衝撃的だった。

 本書は、1歳9カ月で父親を亡くし、母とふたりで生きてきた被害者女性の31歳の生い立ちを懇切丁寧に追っていく。そして、事件に直面したとき、彼女がとった言動と、残された母親の姿までを描く、被害者遺族に寄り添ったノンフィクションである。

 とはいえ、あまりに著者が被害者側の感情にのめり込むため、想像が先走り、その域を越えている感もあるが、私の接してきた犯罪被害者の惨状に照らしても、人の命が無残に奪われる現実を知るには、このくらい書き込まなければ伝わらないだろう。

 裁判は、1人が控訴を取り下げたことで死刑が確定し、昨年6月に刑が執行されている。もう1人は控訴審で無期懲役に減刑され、そのまま確定した。やはり判例には逆らえなかった。ところが、“天網恢々疎にして漏らさず”と言うように、そこに大どんでん返しが待ち構えている……。

 この事件のあと、09年5月から裁判員制度がスタートしている。現在までに、裁判員裁判での死刑判決は27件。そのうち、被害者が1人でも死刑となったものが、4件ある。それまでの司法判断と市民感覚の溝を表すような数字だが、このうち2件はやはり控訴審で無期懲役に減刑され、1件は控訴取り下げで確定、もう1件は控訴中だ。

 こうした中で、日弁連は組織として死刑制度廃止を目指すことを、この10月に採択している。

 死刑とはなにか。被害者とその家族を見つめた本書は、それを考えるとてもいい材料になる。

【連載】ニッポンを読み解く読書スクランブル

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    「たばこ吸ってもいいですか」…新規大会主催者・前澤友作氏に問い合わせて一喝された国内男子ツアーの時代錯誤

  2. 2

    インドの高校生3人組が電気不要の冷蔵庫を発明! 世界的な環境賞受賞の快挙

  3. 3

    中森明菜が16年ぶりライブ復活! “昭和最高の歌姫”がSNSに飛び交う「別人説」を一蹴する日

  4. 4

    永野芽郁“二股不倫”疑惑「母親」を理由に苦しい釈明…田中圭とベッタリ写真で清純派路線に限界

  5. 5

    田中圭“まさかの二股"永野芽郁の裏切りにショック?…「第2の東出昌大」で払う不倫のツケ

  1. 6

    大阪万博会場は緊急避難時にパニック必至! 致命的デザイン欠陥で露呈した危機管理の脆弱さ

  2. 7

    永野芽郁「二股不倫」報道で…《江頭で泣いてたとか怖すぎ》の声噴出 以前紹介された趣味はハーレーなどワイルド系

  3. 8

    レベル、人気の低下著しい国内男子ツアーの情けなさ…注目の前澤杯で女子プロの引き立て役に

  4. 9

    永野芽郁“二股肉食不倫”の代償は20億円…田中圭を転がすオヤジキラーぶりにスポンサーの反応は?

  5. 10

    芳根京子も2クール連続主演だが…「波うららかに、めおと日和」高橋努も“岡部ママ”でビッグウエーブ到来!