「タンジェリン」愛人を寝取られたトランスジェンダーの娼婦が主人公
情報検索から撮影・録音まで何でもありになったのがスマホ。そろそろ「スマホで撮った映画」なんかが出るかもと思ったら本当にそうなった。今週末封切りの「タンジェリン」である。
撮影では3台のiPhone5Sにアダプターを装着し、自撮り棒みたいなバーに取りつけてかざす。歩行中の移動撮影なども造作ない。ハリウッドメジャーは無理でもインディーズ作品なら大いにあるだろう。
ことに今回は愛人の男を寝取られたトランスジェンダーの娼婦(ということは生物学的には男)が「相手のビッチをとっちめてやる」と目を吊り上げて街中を捜し回る話。要は当人たち以外にはどうでもいいトボけたトラブルだから、少々ひずんだアダプター付きのiPhone映像はおかしみを醸し出すのに適した機材ともいえるのだ。若き日のジム・ジャームッシュが卒業制作で劇場デビューした映画「パーマネント・バケーション」を思い出すといったら褒め過ぎだろうか。
ところで題名の「タンジェリン」はブラッドオレンジの品種名だが、鎮静作用のあるアロマオイルの通称で、ヒッピー世代ならおなじみだろうメセドリン(中枢神経刺激剤)の隠れ名でもある。メセドリンは人工的に幸福感をつくり出す魔法の錠剤として有名だったのだ。トム・ウルフ「クール・クールLSD交感テスト」(太陽社 2000円)はそんな「サイケデリック・エイジ」を描いた60年代文化の遺産。治療薬として開発されたLSDの人体実験に応募した作家ケン・キージーの超越体験は、いま読むと何ともいえない悲喜劇だ。
〈生井英考〉