「美酒と黄昏」小玉武著
植草甚一がワセダの学生だったころ、不良詩人のサトウハチローの出版記念会に行った。上野広小路のバー、紅葉軒で赤い酒、青い酒を飲み、エノケンにサインをもらった。帰りに新宿で私服の刑事にアカと疑われてなぐられ、さらに友人に誘われて吉原に登楼。その後、かなり飲んだが酔わなかった。内藤鳴雪の〈大盃落花も共に呑み干しぬ〉という句が身に沁みた。前年の暮れに読んだヴァン・ダインの「僧正殺人事件」の感動を思い出し、自分らしく自由に生きようと思った――。
戦後の一世代のミステリーファンの「神様」だった「植草甚一」がこの日、生まれた。(「紅灯緑酒」)
「サントリー・クォータリー」元編集長の文芸エッセー。(幻戯書房 2200円+税)