「酒が仇と思えども」中島要氏
剣豪小説や伝奇小説、股旅物など時代小説のジャンルはさまざまあるが、著者が得意とするのは職人や商人などごくありふれた人々の人情を描く市井小説。
そのため舞台は江戸の町でも、まるで隣近所の住人のような、あるいは自分自身が描かれているような錯覚に陥り、物語にぐいぐい引き込まれてしまう。
「今回は、江戸の酒飲みたちが主人公の短編集です。私は、江戸時代にはあるけれど現代ではあり得ない、というような物語ではなく、時代を超えた日常の延長線上にある風景を描きたいんです。だから、剣豪小説には今のところ手が出ない。とはいっても、私が大酒飲みというわけではありませんよ。お酒は大好きですが(笑い)」
浅草寺門前の並木町に店を構える「七福」は、安い並酒から高価な上諸白まで幅広く扱う評判の酒屋。その一方で、この店の若旦那の幹之助は、酒飲みの悩み相談にも乗ってくれるという変わった男だ。大工に噺家、そば屋の看板娘など、今日も酒にまつわる悩みを抱えた江戸の住人たちが、幹之助を訪ねてくる。
猪吉は、腕がいいと評判のかんざし職人。ところが猪吉の親方は、弟子の中でも腕はいまひとつだが色男の幸助に、娘のお咲を嫁がせるという。幸助が女にだらしないことを親方は知らねぇんだ。お咲に惚れていた猪吉は、なじみの芋酒屋で悪態をつきながら、やけ酒を浴びていた。
ところが、したたかに酔った翌朝、見覚えのない一軒家で目覚めてみると、隣にあったのは何と女の死体。油問屋の妾のお絹で、猪吉も頼まれてかんざしを作ったことがあった。一体、昨夜、何があったのか。まさか自分が殺したのか!?
ほうほうの体で逃げ帰った猪吉は、“酔って忘れたことを思い出す方法を知りたい”と、幹之助の元を訪れる。
「お酒を飲んで“やらかしちゃった”経験の一つや二つは誰にでもあるはずです。失敗する時って大体が、自分を見失って調子に乗っている時。でも、落ち込んだ後は自分を見つめ直す機会になって、反省した分、成長できるような気がします。そういう“酒飲みあるある”は、恐らく現代も江戸も同じだと思うんです」
著者が描く時代小説の特徴が、文章に小気味良いテンポを感じさせること。まるで落語を聞いているような、流れるような言葉運びが楽しい。実は無類の落語好きという著者は、初代三笑亭夢丸が全国から募集し独演会にも掛けていた新江戸噺の落語台本に応募し、採用されたこともある。そのため小説も、「頭で音声化した時に落語のように気持ちのいいリズムになるように」と、句読点の位置ひとつにもこだわっているという。
さらにもうひとつ、物語の最後には必ず“落ち”のひと言、落語でいうところの“サゲ”があり、ニヤリとさせられてしまう。
「サゲが書きたくて時代小説を書いていた頃もあるんです(笑い)。今回も、『酒はサケでも、ナサケで始末がついたってね。』というサゲから思いついて書いた物語もあるので、ぜひ見つけてみてください」
落語のようにとはいっても、笑い話ばかりではなく、ホロリとさせられる切ない物語も描かれていく。しかし、嘆いてばかりいても仕方がない。“酒は飲んでも飲まれるな”とは言うけれど、大人には飲まなきゃやってられない夜もある。それでも、また明日から頑張ろうと、人情あふれる江戸っ子たちが背中を押してくれる。
日本酒をチビリとやりながら、ほろ酔い気分でページをめくってみたい。
(祥伝社 1500円+税)
▽なかじま・かなめ 早稲田大学教育学部卒業。2008年に「素見」で小説宝石新人賞を受賞。10年、若き町医者を描いた初長編「刀圭」と受賞作を含む短編集「ひやかし」が好評を博す。著書に「着物始末暦」シリーズ、「江戸の茶碗 まっくら長屋騒動記」などがある。