「夜の動物園」ジン・フィリップス著、羽田詩津子訳
銃を持った男が動物園を占拠する。閉園間近だったので、多くの客は動物園をあとにしていたが、中にはまだ園内に残っている人間もいて、それが主人公の親子だ。占拠した男の目的が何であるのかはわからない。男は一人ではなく、複数らしいこと。わかるのはそれだけだ。
親子は急いで隠れるのだが、ヒロインのハンディは4歳の息子を連れていること。息子が大声で泣きだしたら男たちに聞かれてしまい、ピンチになる。だから必死で言い聞かす。かくて、夜の動物園を逃げまわることになる。このように本書は、母親と幼い息子の恐怖の3時間を描くサスペンス小説である。
これだけならシンプルすぎる話だが、もちろんこれだけではない。途中から、おやっと思う展開になり、それからたたみかけるようにいくつかのことが起きる。どんなことが起きるのか、それをここで紹介してしまったら読書の興をそぐことになるので、ここではぐっと我慢。最初は携帯電話で外部と連絡を取っていたが、その携帯電話を落としてしまって何が起きているのか皆目わからないという展開もいい。常套的ながら、こういう細部の積み重ねがサスペンスを盛り上げるのである。
登場人物の過去と現在、意見と感情を巧みに描いているのもよし。サスペンスに奥行きが生まれているのはそのためにほかならない。4歳の息子リンカーンが、けなげで可愛いのもいい。
(KADOKAWA 1080円+税)