醍醐味は報道に至る経緯が詳述されている点だ

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「パラダイス文書」奥山俊宏著 朝日新聞出版

 パラダイス文書の分析に基づく報道が、世界一斉に解禁されたのは、昨年11月のことだった。パラダイス文書というのは、タックスへイブンであるケイマン諸島やバミューダ諸島に設立された法人や組合に関する流出文書だ。

 一昨年のパナマ文書の流出の際には、富裕層が行っている税逃れの実態がかなり露見したが、私はパラダイス文書に、より大きな期待を抱いていた。日本の富裕層や大企業は、パナマよりもケイマン諸島やバミューダ諸島を利用しているケースが多いと考えられるからだ。ただ、パラダイス文書の公表で、名前が挙がった日本人は、鳩山由紀夫元首相などごくわずかだった。

 だから私は、本書を開く前にどんな新しい名前が登場するのかと大きな期待を抱いていた。だが、その期待はあっさり裏切られた。本書は、スキャンダルを暴く目的で書かれたのではない。著者が、朝日新聞の記者として、大企業や富裕層の税逃れに関する調査報道に携わった10年間の経験を土台に、調査報道の在り方を突き詰めたジャーナリズム論なのだ。

 もちろん、パラダイス文書に関する記述も多く含まれているのだが、本書の醍醐味は、その報道に至る経緯が詳述されている点だ。

 著者は、7年前に個人として国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)のメンバーとなり、翌年、朝日新聞がICIJと提携関係を結んで以来、タックスヘイブンの調査報道に取り組んできた。国際的な税逃れの分野では、世界のジャーナリストが手を組むことは、大きな効果がある。

 しかし日本では、その成果が国民に十分届いていない。ひとつの理由は、名誉毀損にならぬよう、十分な裏付けを取らなければ報道しない日本の報道機関の姿勢だ。富裕層が取材を拒否しただけで、報道自体が難しくなるのだ。そして、もうひとつの理由は、国民の関心の低さだ。せっかくの記事も、新聞で大きく取り上げられることはまれで、著者の成果は、月刊誌「新聞研究」や朝日新聞のサイト「法と経済のジャーナル」にしか載らないから、国民に伝わらないのだ。

 私は、著者が朝日新聞を退社後に、裁判覚悟で、実名報道の次回作を書いてくれることを密かに期待している。

★★半(選者・森永卓郎)

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