藤沢周(作家)
1月×日 還暦となりても、「いいね!」少なし。同郷越後の良寛禅師が遺した「只聞枕上夜雨聲」という無常なるフレーズが孤独な男には沁み入る。埋もれ木となりつつ自らを磨く、と殊勝にも今年の手帳1頁目に書いたが、すでに飲酒の連続で根腐れし、磨けばこすれて無くなるような我が身。無常というより無情。ここは、現代の破戒僧・南直哉さんの「超越と実存」(新潮社 1800円+税)で「無常」について真剣に考えねばならぬ。私とはいかにあるか。実存とは何か。「恐山の禅僧」が、インド、中国、日本の仏教史を通してアグレッシブに考察。これは現在に生きる我々のための書だ。
1月×日 「渺々」なるタイトルの更年期小説を書く。作家を志してパチプロで食いつないだ若き日を回想。そこに紛れ込んでいた秘密の記憶とは…?
魂の黄昏を描いた拙作掲載誌「三田文学 冬季号二○一九」には、石原慎太郎氏と坂本忠雄氏の傑作対談「半世紀を越えた創作と文壇回顧」があり、そこに哲学者ジャンケレヴィッチの「死」(みすず書房 7800円+税)を猛プッシュする言葉が。これは読まねばと取り寄せて、驚天動地。厚い、重い、高い。ついでに改行ほとんどなし。「死」をめぐる重厚な考察に唸り、生涯の書となるのを予感。メメント・モリ(死を想え)はいかなる時代・社会においても絶対の課題だ。
1月×日 「何が煩悩即菩提じゃ!」と、若き頃の拙作を一喝してくれたのは、同郷の小学校の先輩・斎藤美奈子姉貴。またも凄い本を出した。「日本の同時代小説」(岩波書店 880円+税)。さすがに読んでいる作品数が半端ではない。純文学、ノンフィクション、ケータイ小説まで厖大な作品群を網羅しながら、「自分の生きている時代の性格」を見事露わにした。この50年間の社会と小説を新書1冊で解き明かす手腕に瞠目。やるなあ、先輩! 出来の悪い後輩を、「アンチロマン(反小説)」の「トンガリ系」かつ、「21世紀を担う作家」の1人にあげてくださるなんて。怖いけど、優しい。文芸評論家に怒られて嬉しいのは、美奈子姉貴だけだ。