著者のコラム一覧
堀井憲一郎

1958年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。徹底的な調査をベースにコラムをまとめる手法で人気を博し、週刊誌ほかテレビ・ラジオでも活躍。著書に「若者殺しの時代」「かつて誰も調べなかった100の謎」「1971年の悪霊」など多数。

「ジョー・グールドの秘密」ジョゼフ・ミッチェル著 土屋晃、山田久美子訳

公開日: 更新日:

 読み終えて、しばらく放心した本は久しぶりである。

 ジョゼフ・ミッチェルというのはアメリカの著述家。元新聞記者で、1938年から雑誌「ニューヨーカー」のスタッフライターとなった。

 80年ほど前に活躍したライターであるが、近年になり日本で作品集が出版されている。この本が4冊目、最後の作品集である。

 彼が書いているのは、1930年代から1940年代のニューヨークにいた市井の人々である。少し変わった人たちを取り上げている。40年間、私腹を肥やすためのダンスパーティーを開催している“ダッチ提督”や、ニューヨークにいる38家族を束ねて「ジプシーの王」を自称する男など。彼らの言葉と生活と、そして当時の街の風景を生き生きと描写している。

 特段、大きな事件が描かれるわけではない。少し変わった生活と人生が描かれるばかりである。しかし、読むと心に残る。

 元新聞記者による徹底した取材には感心する。たとえば「ダッチ提督」という一編には、実在しただろう人物の名前が56人ほど挙げられている。昔の市井の人名までどうやって調べたのか不思議なのだが、1930年代の新聞記者はそれぐらいのことは簡単にやってのけたのだろう。

 圧巻は最後にある「ジョー・グールドの秘密」だ。奇人のひとりジョー・グールドは「ニューヨークで聞いた人々の話を書き留め、それを歴史に残そうとする『口述史』を何十年も書きためている」という人物である。彼を深く取材するミッチェル。しかし「いずれまとめて本にするさ」という言葉の背後にある思いと暗い現実が剔抉される。息をのむ思いで読み終えた。

 そして、その暗く重い現実は、物書きのひとりでもある著者ミッチェルも直撃し、彼はこの一編を書いたあとに文章を書かなくなった。そのあたりは、青山南によるあとがきで解説されており、胸迫る思いに駆られる。

 文章を書くことについて、考えさせる一冊である。(柏書房 1800円+税)



【連載】ホリケン調査隊が行く ちゃんと調べてある本

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    菊間千乃氏はフジテレビ会見の翌日、2度も番組欠席のナゼ…第三者委調査でOB・OGアナも窮地

  2. 2

    “3悪人”呼ばわりされた佐々木恭子アナは第三者委調査で名誉回復? フジテレビ「新たな爆弾」とは

  3. 3

    フジテレビ問題でヒアリングを拒否したタレントU氏の行動…局員B氏、中居正広氏と調査報告書に頻出

  4. 4

    フジテレビ“元社長候補”B氏が中居正広氏を引退、日枝久氏&港浩一氏を退任に追い込んだ皮肉

  5. 5

    フジ調査報告書でカンニング竹山、三浦瑠麗らはメンツ丸潰れ…文春「誤報」キャンペーンに弁明は?

  1. 6

    おすぎの次はマツコ? 視聴者からは以前から指摘も…「膝に座らされて」フジ元アナ長谷川豊氏の恨み節

  2. 7

    大阪万博を追いかけるジャーナリストが一刀両断「アホな連中が仕切るからおかしなことになっている」

  3. 8

    NHK新朝ドラ「あんぱん」第5回での“タイトル回収”に視聴者歓喜! 橋本環奈「おむすび」は何回目だった?

  4. 9

    歌い続けてくれた事実に感激して初めて泣いた

  5. 10

    フジ第三者委が踏み込んだ“日枝天皇”と安倍元首相の蜜月関係…国葬特番の現場からも「編成権侵害」の声が