「自粛バカ」池田清彦氏
危機に直面すると、人は本性をむき出しにすることが多い。では、新型コロナウイルスのパンデミックは、日本人のどのような本性を明らかにしたのか。自粛警察の出現などからわかる日本人の〈不思議な感性〉を、歴史的・社会的に考察した痛快な一冊だ。
「正義の仮面をかぶった攻撃性がコロナであらわになったと思います。その矛先となるのは、自粛期間中にパチンコに行く人や、帰省した人など、多くの人と違うことをする人。つまりマイノリティーで、日本人は自分より弱い人、いじめてもよさそうなやつをいじめるんですね。一方で強い相手には口をつぐむ。政府に外出自粛をお願いされると9割の人が外に出なくなり、強権的な措置を可能にする法改正まで望んでいる。僕は“家畜化”と呼んでいますが、管理されたがっている人が日本には多いのでしょう」
権力に従い、弱いものを攻撃する。こうした感性の背景には、自分たちの力で世の中を変えた成功体験を持たず、すべては自然現象と受け入れてきた歴史がある。
「明治以降、戊辰戦争と西南戦争を最後に、日本には内乱や内戦、あるいは革命も起きていない。国の体制をひっくり返そうと蜂起したことはないんです。戦争だって、自粛警察と同じで、上が決めたことだからと従った。戦争に負け、原爆まで落とされたアメリカに対しても、反米にならなかった。理不尽なことが起きたとき、それに対して怒るよりも、自然現象だから諦めようという感性が明治の頃から色濃く刷り込まれているんです」
これは、独裁政権を民主化運動で倒した歴史を持つ韓国や台湾とは対照的だ。ゆえに日本人はシステムの中でどう立ち回るかに腐心する。システム自体の良し悪しは問おうとせずに。
「結局、官僚のみならず、多くが事なかれ主義です。政府はどうしようもないと思っていても、変えていこうというパトス(情熱・情念)がない。今は将来に対する不安が高まっているから、変わるとどうなるかわからないという不安も強い。ますます安定志向、安全志向に傾き、多様性がなくなっていくとともに、他者への嫉妬が強まっていますね」
不倫バッシングやネットいじめ、禁煙ファシズム……これらに通底するのも嫉妬と、その裏返しとしての正義の暴走だ。著者はコロナがあぶり出した日本人の本性を解き明かしながら、変えていくための処方箋を示す。
「一番大事なのは自分の頭で考えることで、そのために必要なのは反対の意見です。どういう思考経路でその意見になったのか。反対意見の裏にあるものを見ていくことで、自分が見えてない現状や真実を学べる。だからツイッターでも、反対意見の人をあえてフォローしたほうがいいんです。ただ僕も、あまりにひどい悪口が来ると頭にきてブロックするけど(笑い)。それからマイノリティーを大事にすること。ヘンなことを考えるマイノリティーが世の中を進歩させてきたわけだから」
個人の変化と同時に、社会システムの変化も必要だ。コロナ禍をその契機とできるかが問われている。
「グローバルキャピタリズムの限界が見えてきました。人とモノの移動が滞るととたんに不況になる。要するに輸入依存やインバウンド頼みの観光産業では、何かあったときに国は終わってしまうということです。だから効率が悪くても食料自給率とエネルギー自給率を上げていかなければいけない。この機にシステムを変えていくことができた国と、そうでない国の差が、コロナ後に大きく出るはずです」
(宝島社 810円+税)
▽いけだ・きよひこ 1947年東京都生まれ。東京教育大学理学部卒業、東京都立大学大学院理学研究科博士課程単位取得満期退学。理学博士。生物学者。早稲田大学名誉教授。著書に「構造主義生物学とは何か」「本当のことを言ってはいけない」他多数。フジテレビ系「ホンマでっか!?TV」への出演など、メディアでも活躍。カミキリムシの収集家としても知られる。