「かくされてきた戦争孤児」金田茉莉氏

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「私たち孤児は、国からおにぎり1つもらっていません。国に捨てられ、歴史から消されてきました。軍人や軍属にはこれまで60兆円も恩給が支払われているのに……」

 穏やかに愛犬をなでていた85歳の著者は、戦後の国の対応について尋ねると、強い怒りをにじませこう言った。著者は浅草に生まれ、3歳のときに父が急死。学童疎開中の9歳のとき、東京下町大空襲で母と姉妹も失い、長らく孤児であることを隠して生きてきた。

「孤児だとばれたら就職や結婚でひどく差別されましたし、自分の惨めな境遇は話さない、話せないんです。今でも、親戚宅や養子先での経験を語ろうとすると、泣き伏したり震えが止まらなかったりする元孤児はたくさんいます。私は親戚宅からなんとか高校まで卒業できましたけど、実子と差別された小間使いの扱いでした。男の子だったら家出して浮浪児になっていたでしょうね。『恩知らず』と非難されるのが怖くてずっと真実を語れませんでした」

 著者が学童疎開を研究する会に入り、多くの孤児仲間がいると知ったのは戦後40年も経ってからだ。今では20万人以上とも推計される戦争孤児だが、当時は一切公表されておらず、著者は孤児の体験を記録に残したいと、仲間を一人一人探しあて聞き取りを始めた。

「調べても資料が何ひとつ出てこなかったんです。公文書館にもないし、疎開孤児がたくさんいたはずの各学校の学校史にも記載がない。空襲で燃えたんじゃありません。疎開先の地方役場や当時の先生からやっと得られた証言では、校長の指示でみんな焼却したというんですよ。校長はずっと文部省の指示に従っていますから、国の隠蔽ですよね」

 アンケートや資料の発掘など調査は30年以上にわたった。本書は、これまで語られることのなかった戦争孤児の過酷な実態を浮き彫りにしたルポである。

 中でも、本書は国策として推奨された学童疎開中に、空襲などで家族を失った疎開孤児について詳しく軌跡を追う。疎開孤児の大多数は親戚に押し付けられるか養子に出された。弟が養子先で馬小屋に寝かされ、後に自殺したことを今も悔いるKさん、開墾に酷使され中学にも行けなかったTさん、売春宿に身売りされ30代で心身ともにボロボロで入院した女性など数々の事例を紹介する。

「養子というより、無料の人身売買のようなものです。親戚なら安心と考える人が今も多いですが、私が孤児にアンケートを取ったら、9割が『親戚宅が一番苦しかった』と答えていて、8割が自殺を考えたことがあるという結果でした。若くして自殺した孤児も多いです。耐えきれずに家出して浮浪児になると、親に捨てられた非行少年、バイ菌、貧民窟の子とレッテルを貼られました。でもね、みんな元はごく普通の、温かい家庭に育った子どもたちだったんです」

 集団疎開は毎月の費用負担が大きかった。それでも親たちは子どもを安全な田舎や地方に疎開させ、自分に何かあっても国が保護してくれるはず、と託した。しかし終戦翌年の国会答弁で政府は「戦災孤児は約3000人で、みな保護されている」と実態とかけ離れた数字をアピールし、孤児施設の数も発表を大きく下回っていた。

 本書では劣悪な環境から脱走や死亡が多発したことなど、国のずさんな対応が次々と明かされている。

「戦争では、弱者は闇に消されると歴史が証明しています。子どもが『死んだほうが良かった』と思って生きるようなことは、二度とあってはいけないんです。私たち孤児が重たい口を開いた声に、どうか耳を傾けて欲しいと思います」

(講談社 1600円+税)

▽かねだ・まり 1935年、東京・浅草生まれ。戦争孤児の会元代表。東京大空襲で母と姉妹を失い孤児となる。集団疎開、空襲の実態、孤児たちの人生を調査し、語り部として活動を続けてきた。2019年に吉川英治文化賞受賞。著書に「母にささげる鎮魂記」「夜空のお星さま」。

【連載】著者インタビュー

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