「じょかい」井上宮著
男はソファに座ってテレビを見ていた。息子は黒くて大きなマスクをしている。男は「あの子は風邪でもひいたのか?」と妻に問いかけて気づいた。自分たち夫婦に息子などいただろうか? 妻がこちらに顔を向けた。誰だ、この女は? 男は廊下に出てスマホで健次に電話したが、留守電サービスにつながっただけだった。
健次は母に頼まれて、先々週から顔を見せない兄、雄貴の新居を訪ねた。雄貴の妻は健次の元恋人の知奈美だった。雄貴の家の玄関ドアから黒いマスクをした6歳くらいの男の子がのぞいている。「君はどこの子?」。そして出てきたのはむくんだように太った兄だった。
知らぬ間に日常に入りこむ妖異を描くホラー小説。
(光文社 1650円+税)