「はじめての動物倫理学」田上孝一氏

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 タイトルの「動物倫理学」という聞き慣れない言葉に、動物の福祉のこと? と思った人は多いのではないか。

「動物の福祉とは、動物を人間の手段として利用することを前提にしながらも、出来る限り思いやりのある扱いをする、そのためにはどうしたらいいか、というものです。一方、動物倫理学は、動物の権利を主張し、擁護します。この荒唐無稽にも思える主張が、いま一定の広がりを見せているんですね。前者が人間が主体で動物を何とかしようという発想であるのに対し、後者は動物が主体。2つは似て見えますが、根本が違うんですよ」

 本書は、世界的には確立されている学問分野である動物倫理学の、一般向けに書かれた初の入門書。オビに書かれた「肉を食べるのはもうやめよう」というセンセーショナルな文言とも相まって、今、大きな話題を呼んでいる。

「もともとは動物に関心があったわけではなく、大学で講義をするにあたり改めて動物の問題や歴史について調べたことがきっかけでした。それで分かったのは、これまで人間が基本的にはどれだけ動物を不当に扱ってきたか、動物であるというだけで自由に取り扱っていいと考えてきたかということだったんです。現代の動物倫理学の創始者ピーター・シンガーは、70年代にその論を発表。人間を虐待してはいけないのは苦痛を与えるからだが、動物も人間同様に苦しむ存在である。それを『人間と動物は違う』と配慮しないのは、人間中心主義の“種差別”であると主張し、動物の利用、工場畜産批判を中心に展開していきました」

 動物倫理学で主眼におくのは畜産動物である。犬などの愛玩動物を虐待してはいけないのはもはや常識だが、「製品の向こうにいる動物への意識は薄い」と著者。本書では、我々の食卓に並ぶ食肉の、大多数の畜産動物が虐待的に飼育され、わずかな期間しか生きさせてもらえない悲惨な実態を明らかにする。

「たとえばオスのヒヨコは生まれてすぐ、シュレッダーにかけるなどして破棄されます。卵を生まないオスを育てる理由がないからです。牛や豚も生きた工場製品として扱われていますが、こうした畜産動物に対しては『食べるから仕方ない』という感覚になるんですね。習慣だったり伝統的に食べているから、との声もありますが、肉食の問題は残虐性もさることながら、国連では地球環境への悪影響が指摘されています。牛のゲップによるメタンの排出、えさの栄養転換効率、水不足などあらゆる点で問題だと。私は卵、牛乳、食肉といった動物性食品はいずれは廃止、少なくとも縮小されていくのが望ましいと思っています」

 かつて交通や農耕など動物の使役なしに人間の生活は成り立たなかったが、今は機械がその役割を果たし、動物を利用する合理性は見当たらない。同様に栄養価が確立されていなかった昔に、ベジタリアンやビーガンの食生活はリスクが高かったが、現在は成分やカロリーまで分かり、バランスよく食べれば健康に害はないことも分かってきた。代替えミートも広がりを見せている。

「私は肉食をやめて20年になります。食肉が環境破壊につながると学生に教えるのに、食べていたんじゃ、きまりが悪いじゃないですか(笑い)。で、やめてみたら、体調と筋肉の付きがよくなったんですよ。とはいえ、みなに強制するつもりはありません。頭の片隅にちょこっと動物の権利、動物になら痛みを与えていいってどうなんだ? と置いてもらえたらうれしいですね」

 ほかにも古今の哲学者たちの動物観、動物実験やペット、動物園、野生動物の狩猟などの具体例を示しながら、動物とどう付き合っていくかを提起する。新しい価値観への入り口になりそうだ。

(集英社 968円)

▽たがみ・こういち 1967年、東京都生まれ。立正大学講師。社会主義理論学会事務局長、立正大学人文科学研究所研究員。著書に「実践の環境倫理学」「本当にわかる倫理学」「環境と動物の倫理」「マルクス哲学入門」など。

【連載】著者インタビュー

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