「まちづくり幻想」木下斉氏
毎年およそ16兆円。これは地方交付税交付金の額だ。この他にも地方には、各種インフラ整備や地域商業などに多額の予算が割り当てられ分配されている。しかし、地方創生どころか日本の地域はますます衰退の度を深めているのが現状だ。
「莫大な予算を獲得しながら事業に取り組んでも結果が出ない。その理由は、多くの人が“まちづくり幻想”にとらわれているためです。予算があればどうにかなると考え、大昔に成功したどこかの事例をパクリ、うまくいかなければまた次のネタをパクって行政の予算を確保させる。このような無限ループに陥っている地域は数多くあります」
地方の人口減少は衰退の“原因”ではなく、稼げる産業が少ない“結果”であるという著者は、20年以上地方事業に関わってきたトップランナーである。これまでも地方事業のポイントにフォーカスした著書を数多く出版してきたが、本書はひと味違って「考え方の規範」がまとめられている。執筆を後押ししたのが、新型コロナウイルスの影響だという。
「コロナによって大都市が衰退し、地方への移住が加速したとか、リモートワークで働く場所は自由になったし、これからは地方の時代だ! という報道を昨年よく耳にしました。しかし、残念ながらこれらは幻想に過ぎないことは統計でも明らかです。令和3年1月1日付の東京都の人口を見てみると、この1年で8600人“増”。平成9年以降25年連続で人口増を維持して、地方への移住は増えていないことが分かります」
コロナ禍で財政は悪化し、今後は従来のように需要の見えない地方事業に金をかけてはいられなくなる。今後は“これさえやれば地方は再生する”などという幻想は捨て、地域の特性を徹底的に分析し、考え抜き、新たな付加価値の生み出し方を模索し続ける地域にしかチャンスは訪れないと著者は警告する。
昨今の“これさえやれば”の事例として本書では、観光地などでリモートワークを活用し働きながら休暇をとる「ワーケーション」を挙げている。都会からのワーケーションを受け入れて地域を活性化しようという動きが広がっているが、物事には需給が存在することを忘れてはいけないと指摘する。
「共働きが就労世帯の半数以上を占める現代、子供を学校に通わせているファミリー層が果たしてワーケーションをできるのか分析しなければならない。民間の調査会社クロス・マーケティング社が行った調査では、ワーケーションの認知自体は7割以上と高かったものの、希望者は2割と低いものでした。自由のある限られた人のみを受け入れるとして、全国いたるところでワーケーションが導入されれば供給過多となり、採算ベースで共倒れにもなりかねません」
事業のネタとは、常に仮説検証のプロセスの中で見つけていくもの。どこかで見た筋の良いネタにカネを配り、全国一斉に真似をして市場の崩壊を繰り返すような、かつての工業団地やリゾート開発の二の舞いは何としても避けるべきと本書。
巻末では、行政は外注よりも職員育成、民間は既存組織で無理ならば新たな組織をつくるなど、地方創生の幻想や思い込みから脱するための12のアクションプランも提案している。
「今、幻想を捨てて思考を変えることは、次に来る大災害や感染症による危機に供えて組織を強化しておくことにもつながります。そのことに、早く気付いて行動に移せた人・地域は、アフターコロナを生き残ることができるはず。本書が変化のきっかけになれば幸いです」
(SBクリエイティブ 900円+税)
▽きのした・ひとし 1982年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。都市経営プロフェッショナルスクールを東北芸術工科大学、公民連携事業機構などと設立し、内閣府地域活性化伝道師などの政府アドバイザーも務める。「稼ぐまちが地方を変える」「凡人のための地域再生入門」「地方創生大全」など著書多数。