ノーフォールト(上・下) 岡井崇著
産科医不足の一因として医療訴訟における産科事案の多さが指摘されている。分娩における医療事故は原因の特定が困難で、裁判が結審するまで長時間かかり、医師、患者双方に大きな不利益をもたらしていた。
そうした背景の中、患者も医師も守る無過失補償制度(No Fault Compensation)が検討されるようになり、2009年1月に「産科医療補償制度」が創設された。この無過失補償制度の必要性を早くから説き、産科医無過失補償制度がスタートした際に原因分析委員会委員長を務めたのが著者だ。
【あらすじ】柊奈智は城南大学病院産婦人科の医師。医師になって4年半。深夜の当直室で仮眠をとっていると呼び出しを受けた。受け持ちの妊婦の容体が急変したのだ。
調べると胎児の心拍数が急激に落ちていて、このままでは死産となってしまう。少し様子を見て経膣分娩を続けるか、帝王切開を行うかの難しい判断を迫られた奈智は、緊急度の最も高い帝王切開“グレードAカイザー”を行うことにする。
胎児は無事娩出されるも、手術中の不手際もあり妊婦は予想外の出血を起こすが、駆けつけた医長の手助けにより事なきを得た。しかし、妊婦はその後も原因不明の出血を繰り返し、治療の甲斐もなく死亡。その後、遺族によって奈智と医長は被告として訴訟を起こされる。裁判に臨んだ奈智は、原告弁護士によって激しい追及を受け、精神のバランスを失ってしまう……。
【読みどころ】著者は無過失補償制度の整備に尽力したが、志半ば、17年に亡くなった。現行の無過失補償制度の適用は重度の脳性麻痺に限定されているが、著者が目指した、医療の提供者と受給者双方が争わなくて済む制度の早急な定着が望まれる。 <石>
(早川書房上・下各660円)