「たぶん一生使わない?異国のことわざ111」時田昌瑞氏
「他人の鼻で息をする」という言葉をご存じだろうか。実はコレ、他人を利用して生きることをたとえたラオスのことわざだ。
日本でいう「人のふんどしで相撲をとる」にあたるものだが、朝鮮に行けば「他人の餅で正月を過ごす」になり、ウクライナでは「他人の手でウジ虫をつかむのは結構なこと」、ポルトガルでは「他人の帽子を使ってお辞儀をする」になる。
本書は、そんな日本ではほとんど知られていない異国のことわざを、伊藤ハムスター氏のイラストとともに紹介した一冊だ。
「大学時代に仲間から『世界ことわざ集』の翻訳を頼まれたことをきっかけに、40年以上ことわざの調査・研究を続けています。今回、新書版を出すにあたって膨大な数の世界のことわざの中から、①古いこと②レアなこと③広い範囲からピックアップすることの3つを基準に選択しました」
収録されていることわざは111に及ぶ。メソポタミア文明のシュメール、古代ギリシャなどの古代のことわざ、パプアニューギニアなどの地域のものまでが、1ページに1つの解説で紹介されている。
「ことわざに関して、今まで学問的なアプローチはほとんどされていませんでした。世界のことわざというと欧米や中国のものに偏りがちですが、今回は偏りのないよう、あまり知られていない言語や地域のことわざも幅広く選んでいます。ただ世界のことわざとなるとその数は膨大すぎて、全体像を把握するのも難しく、詳細がわからないものも少なくありません。そこで今回は、裏付けのないものは除外し、通読しやすく興味を持ってもらえそうなものを選んでいます」
日本の「二兎を追う者は一兎をも得ず」が、ケニアになると「両方からくる肉の匂いがハイエナの足を折る」になったり、酒好きの常套句「酒は百薬の長」が、スイスでは「ワインは年寄りのおっぱい」になったりと、同じことが地域によってさまざまな比喩へと変化する楽しさが本書では味わえる。海外旅行が難しい今の時期、ことわざの旅を楽しむのも一興だ。
著者一番のお気に入りは、「空が落ちてきたら皆に青い帽子ができる」というオランダとベルギーで使われていることわざ。もし青空が落ちてきても、地上のすべての人が青い帽子をかぶることになるだけだというスケールの大きな超楽観的な言葉なのだが、これはちょうど「杞憂」の真逆の状態を指す。心配事の多い日々でも余計な心配などせずに気を大きく持って生きることを勧める秀逸なことわざとして心に残ったという。
また、「他人の妻は黄金の身体を持つ」(イディッシュ語)という世の男性の願望を表したことわざや、大罪を犯したものは罰せられず微罪の者が罰を受けることを表した「うんこした奴は逃げ、おならした奴だけ捕まる」(朝鮮語)なども面白い。
「ことわざと格言は混同されがちなのですが、私はこのふたつは違うと思っています。格言は反論できないような正論を上から目線で語りますが、ことわざは斜めからの目線で自分では言いにくいことを、面白いたとえでずばりと表現します。日本では明治時代にことわざが入った『いろはカルタ』なども作られましたが、これはいわば上から物申す教育勅語に対するアンチテーゼだったわけです。ことわざには、そんな、あまり普段大きな声で言えないような庶民目線の本音がつまっています。ことわざの魅力は表現の妙に加えて、物事を斜めに見るこうした庶民性にもあるのではないでしょうか」
(イースト・プレス 968円)
▽ときた・まさみず 1945年生まれ。早稲田大学文学部卒。日本ことわざ文化学会副会長。いろはカルタ研究の第一人者でもある。「岩波ことわざ辞典」「図説ことわざ事典」「辞書から消えたことわざ」など著書多数。