「婿どの相逢席」西條奈加氏
第164回直木賞作家による最新作は、10編からなる人情連作時代小説。料理で季節を鮮やかに描きながら人情絡みの争い事を若主人・鈴之助が解決していくが、描かれる世界観が面白い。
舞台は新橋加賀町。物語は、小さな楊枝屋の四男坊・鈴之助が6代続く老舗仕出し屋「逢見屋」の長女・お千瀬と祝言を挙げるシーンから始まる。
相思相愛のお千瀬に請われて、大店の入り婿となった鈴之助。逆玉の輿と周りには羨ましがられたが、待っていたのは甘い新生活ではなく、非情な日常だった……。
「逢見屋は代々、女が家を継ぎ、女将が店を差配してきた女系一家。そんな家に事情を知らず入り婿した鈴之助が主人公です。現代は女性の活躍が目覚ましいですが、江戸時代は女性が活躍しにくかった。そんな中でも“料理屋業界”だけは別で、女将が活躍していたんですね。そんな環境も男女の立場もくるっと反転させた真逆の世界を舞台に、家族の物語を紡いでみました」
意気揚々と入り婿した鈴之助だが、早々に大女将から「婿どのは表向きは若主人だが、この家の主人は女将です。店に出ることもしなくてよろしい」と隠居を言い渡され、大ショック。義父・安房蔵を見れば妻の添え物のごとくであり、義妹たちにも冷たくされ、鈴之助は世の嫁たちが味わったであろうわびしさを思い、思わず涙するのだった。しかし、妻・お千瀬から寄せられる信頼と励ましに、陰ながら妻を支えていくことを決意。密かに婿修業に取り組んでいく。
そんなある日、板前の兄弟が口喧嘩をしているところに出くわす。兄の板前は昨年起こった「花見騒動」の当事者だ。鈴之助は、弟の板前を茶屋に誘い、事情を聴き出していく――。
「鈴之助は頼りないけど優しい、という今風の若い男子をイメージしました(笑い)。昭和の頃の『俺は男だ』的な男性像とは真逆ですね。与えられた境遇を甘んじて受け入れはしたけれど、遊んで暮らす道を選びはしませんでした。自分にできることを見いだそうとしていったのは、鈴之助の一種の反骨精神なんです。一方、同じ入り婿の義父は流されてきてしまった人。義父と鈴之助は、新旧の世代の対比ですね」
墨堤の花見の席で起きた商売敵・伊奈月と逢見屋の板前同士の喧嘩沙汰「花見騒動」。物語はこの「花見騒動」を軸に展開していくが、その間に親子や夫婦など、いくつもの“家族の物語”が描かれる。
第3章「井桁の始末」は、遺産をめぐって揉める常連客の3姉弟の話。とげとげしい言い合いに「聞いてられぬ」と、鈴之助は仲裁を買って出て、意外な方策で「三方よし」に収めてみせる。他にも、姉を羨む義妹、厳しい義祖母や義母にも鈴之助はその懐にするりと入り、少しずつ関係に変化をもたらしていく。
「気の弱い鈴之助ならではの間の取り方ですが、こうやって家族の問題に首を突っ込んでほしいな、と思うんですね。義妹のお丹は商売をしたいが逢見屋は継げず、葛藤を抱えています。それに気づいた鈴之助は、“外の人”だからこその発想で道を示します。人は誰しも環境や思いにとらわれているものですが、そこに異質な鈴之助が入ることで、風穴があいたんです」
「花見騒動」はやがて家族を巻き込み、お千瀬の出生の秘密へとつながっていく。宿敵・伊奈月になぜ義父がいたのか、若主人がお千瀬を見つめるワケとは……。鍵を握るのは義両親だが、その結末は読者の予測を大きく裏切るだろう。
「この義両親のように夫婦間の話し合い、感情のすり合わせをしないままきてしまうことは、いつの時代もありますが、やはり一緒に暮らしていても、こまめなやりとりは大切だなと思いますね。今回、鈴之助夫婦は一つの理想として描きました。この先の物語もいつか書きたいですね」
心温まる物語ながら、どこかコメディー調なのが楽しい。
(幻冬舎 1760円)
▽さいじょう・なか 1964年、北海道生まれ。2005年「金春屋ゴメス」で第17回日本ファンタジーノベル大賞を受賞し、デビュー。著書に「涅槃の雪」(第18回中山義秀文学賞)、「まるまるの毬」(第36回吉川英治文学新人賞)、「心淋し川」(第164回直木賞受賞)、「曲亭の家」など多数。