「華岡青洲の妻」 有吉佐和子著

公開日: 更新日:

 1846年、アメリカの歯科医モートンがエーテルを使った公開実演で全身麻酔が広く普及することになったが、40年も前の1804年、日本の華岡青洲が全身麻酔による乳がんの摘出に成功していた。青洲は自らが開発した麻酔薬、通仙散によってその後100人以上の乳がん患者に手術を施したが、通仙散は用量の調整が難しく世界に広まることはなかった。

 本書は通仙散完成のために人体実験を買って出た青洲の母と妻を主人公にした、有吉佐和子の名作だ。

【あらすじ】紀州名手荘の旧家、妹背家に生まれた加恵は、8歳のときに近郷で絶世の美女と噂の高い於継を目にして以来憧れの女性として尊敬していた。素封家の娘であった於継は、難治の皮膚病を治してくれた華岡直道という貧しい医者に嫁ぎ、長男の雲平(後の青洲)を産む。

 雲平が長じて京都へ留学中、加恵を雲平の嫁に欲しいと於継自ら妹尾家にやって来た。身分違いではあるが、憧れの於継の願いに加恵は両親を説いて華岡家に入る。

 雲平が留守の間は嫁姑の関係は良好だったが、雲平が戻ると於継の態度が一変。加恵に対して激しい対抗心を燃やし始める。2人の確執は、雲平が腐心していた麻酔薬の実験台になってどちらが役に立つかというところまでエスカレートする。

 そんな2人のおかげで通仙散が完成。雲平は名医として全国にその名を轟かす──。

【読みどころ】小説は、青洲の大きな墓石の陰に隠れるようにある母と妻の小さな墓石の描写で終わる。女がどんなに犠牲を払っても手柄はすべて男のものとなってしまう。そんな理不尽な扱いに対する強烈な異議申し立てである。刊行はまだそういう見方の少なかった1967年。有吉の先見性が見て取れる。<石>

(新潮社 572円)

【連載】文庫で読む 医療小説

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ロッテ佐々木朗希は母親と一緒に「米国に行かせろ」の一点張り…繰り広げられる泥沼交渉劇

  2. 2

    米挑戦表明の日本ハム上沢直之がやらかした「痛恨過ぎる悪手」…メジャースカウトが指摘

  3. 3

    陰で糸引く「黒幕」に佐々木朗希が壊される…育成段階でのメジャー挑戦が招く破滅的結末

  4. 4

    9000人をリストラする日産自動車を“買収”するのは三菱商事か、ホンダなのか?

  5. 5

    巨人「FA3人取り」の痛すぎる人的代償…小林誠司はプロテクト漏れ濃厚、秋広優人は当落線上か

  1. 6

    斎藤元彦氏がまさかの“出戻り”知事復帰…兵庫県職員は「さらなるモンスター化」に戦々恐々

  2. 7

    「結婚願望」語りは予防線?それとも…Snow Man目黒蓮ファンがざわつく「犬」と「1年後」

  3. 8

    石破首相「集合写真」欠席に続き会議でも非礼…スマホいじり、座ったまま他国首脳と挨拶…《相手もカチンとくるで》とSNS

  4. 9

    W杯本番で「背番号10」を着ける森保J戦士は誰?久保建英、堂安律、南野拓実らで競争激化必至

  5. 10

    家族も困惑…阪神ドラ1大山悠輔を襲った“金本血縁”騒動