ちょっと角度を変えて俳句の魅力を堪能する本特集
「正岡子規伝」復本一郎著
俳句づくりを始めてみたいがなかなか最初の一歩を踏み出せない、あるいは俳句が趣味だが最近スランプという人にお薦めの本をセレクト。いわゆる俳句の教本ではなく、型破りな句会や偉大なる俳人の生涯をつづる伝記など、いつもと違う角度から俳句の楽しさを味わえる5冊をピックアップした。
◇
偉大なる俳人・正岡子規の生涯を、総合的に叙述する本書。
「子規」の本名は常規という。それでは、子規とは何か。これは鳥のほととぎすのことだ。子規と名乗るきっかけとなったのは、第一高等中学校在学中に突然吐血し、肺病と診断されたことによる。実はこのほととぎす、日本では古くから鳴き声が珍重され、風雅の対象であった。
一方、中国では“血を吐いて鳴く”といったイメージで捉えられることが多い。少年時代から漢詩に親しんでいた子規は、漢詩的なイメージでほととぎすを把握していたという。実際、肺病と診断された直後、卯年生まれの自分を“卯の花”に、肺結核の病魔を“ほととぎす”に見立て、「卯の花の散るまで鳴くか子規」と詠んでいる。そして攻守を逆転させ、自らを子規と名乗るようになった。何とも挑発的な雅号だ。
子規の生涯を追いながら、数多くの作品の背景にも迫っていく。
(岩波書店 4070円)
「次の角を曲がったら話そう」伊集院光監修
五・七・五にも季語にも縛られない自由律俳句。本書には、TBSラジオ「伊集院光とらじおと」の人気コーナーである「伊集院光とらじおと放哉と山頭火と」に寄せられた自由律俳句を収録。生放送中に繰り広げられた出演者のコメントも紹介している。
例えば、「父と母だけ老いる町」。伊集院氏は、これは深いと感嘆する。長く離れて暮らす両親。故郷の町は活気がなく、しかしそれだけに変化もなく、「この町も変わらないな」などとのんきに思う。ところが両親に会ってみると、「えっ? こんなに年取ったのか?」と驚かされる。そんな切なさや戸惑いが詠み込まれた句だ。
「追い炊きが終わるのを全裸で待つ」は何ともユニーク。誰でも思い当たり、しかもこれは冬の句と推察できる。夏なら全裸でも寒くはないから問題ない。寒い冬に全裸で間抜けに待っているからこそ生まれた句だという。
自由律俳句の魅力が満載だ。
(小学館 1430円)
「夏井いつきの世界一わかりやすい俳句鑑賞の授業」夏井いつき著
TBS系の人気番組「プレバト!!」でお馴染みの著者が、俳句鑑賞のコツ、つまり俳句を読み解く方法を伝授。
似たような俳句ばかり作ってしまうなどの壁にぶち当たった時には、俳句を読み解く力を磨くといいと本書。他の人が作った俳句をさまざまな角度から味わうことで、型や言葉の選び方、文法など俳句を作る時の技が増えてくるという。
例えば、助詞に注目するのもひとつの手だ。与謝蕪村の代表作「菜の花や月は東に日は西に」の助詞は「東“に”」「西“に”」の部分であるが、「へ」や「を」の助詞ではどうなるかを考えてみる。「に」だと動いていく感じはなく、その場にピタリと存在している雰囲気になる。
実は蕪村は画家でもあり、移りゆく景色ではなく一瞬を描いた一枚の絵のような景色に感動したことが伝わってくると著者。
対比を見つけたり俳人の人生を調べたりするのもお勧め。17音を読み解き俳句の世界を堪能しよう。
(PHP研究所 1595円)
「東京マッハ」千野帽子ほか著
敷居が高そうな「句会」のイメージをぶち壊す一大イベントとなっているのが、公開句会ライブ「東京マッハ」だ。
俳人や小説家、詩人などの登壇者によるおよそ30の俳句について観客が投票。ベストワンである「特選」、好きな句である「並選」、文句をつけてやりたい「逆選」を集計し、これをもとに壇上トークが繰り広げられていく。本書は、そんな異色の句会の様子を書籍化したものだ。
特選の句の評価だけでなく、歯に衣着せぬ逆選の句への批評トークもなかなか勉強になる。例えば、「ポンプポンプ音符ポンプの四重奏」。音遊びやダジャレの感じは評価できるが、「四重奏」がつまらない、最後は季語がいい、「音符」「四重奏」では説明過剰、ポンプが3台なので三重奏だろう等々、笑いを交えた批評が繰り広げられていく。
コロナ禍でもオンラインで開催され続けている「東京マッハ」。俳句の楽しさを味わいたいならぜひ参加してみては。
(晶文社 2640円)
「暮らしの中の二十四節気」黛まどか著
一年を太陽の動きに従って24等分し、季節の変化を表す名称を付けた「二十四節気」。本書ではこれに、土用など二十四節気以外の季節の移り変わりを示す「雑節」、端午など伝統行事として定着している「五節句」などを加えて解説。これらにまつわる俳句も紹介され、日本人がいかに季節の移ろいを愛でてきたのかが示されている。
二十四節気最初の時節で新暦の2月4日ごろにあたる立春。本格的な春の到来はもう少し先であるが、暦の上で春が立ったとなると、風や川のせせらぎも春めいて感じられる。そんなふうに意識がつくり出す春が立春だ。
高浜虚子は「雨の中に立春大吉の光あり」と詠んでいる。禅僧の寺では立春の日、左右対称で縁起が良いとされる「立春大吉」と書いた紙札を張って無病息災を祈願する。雨の日は暗く鬱々としているが、立春と思えば雨の中にも光が見えるという俳句だ。
日本人の豊かな感性と俳句の奥深さが伝わってくる。
(春陽堂書店 1540円)