高橋克彦(作家)
6月X日 あと2カ月足らずで76歳の誕生日を迎える。「写楽殺人事件」で乱歩賞を頂戴したのが36歳のときだったので、かれこれ40年となるわけだ。よくもまぁこれだけ永く続けてこられたものだ、という感慨はやはりある。その中には東北大震災による精神的打撃から10年近い休筆期間も含まれているのだが、今はなんとか立ち直り、ひさしぶりに歴史にホラーを組み合わせた長編の新刊を出したり、こうしたエッセーを書けるようにまで気持を取り戻した。結局は文章を書くという高揚感が心地よいのだろう。自分は確かに生きている、という喜びに満たされる。
さらに歴史物は資料調べが不可欠となるので読書量も増大した。現在の自分と無縁の歴史の海を回遊していると、自分が明らかに再生されていく気持となる。これが自分の日常と重ねた物語であったならこうはいかない。今のところ良い方向に歯車が回りつつある。
残された時間の中で私になにが書けるだろう、とあれこれわくわくと考えていたところに、盟友のますむらひろしさんから新作を頂戴した。
全4巻を予定している彼のライフワーク「銀河鉄道の夜 四次稿編」(風呂猫 2090円)の第3巻だ。数年に1冊のペースで描いている大力作。待ち望んでいたものなのでほかの仕事を放り投げて読み進めた。そのあまりの熱量と緻密な仕事ぶりにただただ圧倒され、このタイミングで読めたことに感謝しかなかった。
もし私が物書き復帰前にこれを読んでいたら、敗北感に襲われて躊躇無く筆を断っていたかも知れない。創作とは、結局自分との闘いで、常に新たな山に挑むものだ。その気持が伝わらない物見遊山的な作品などになんの意味もない。賢治世界の見事な再構築に圧倒され、原作を何度か読み返し、さらにますむらさんの理解力と画力の凄さに気付かされた。
賢治はますむらさんを得て幸福である。完結編で我々読者はさらなる高みに導かれるに違いない。