「頭じゃロシアはわからない」小林和男著
「頭じゃロシアはわからない」小林和男著
友人からもらったマトリョーシカ柄のTシャツ。添えられたロシア語、その端正なキリル文字のたたずまいが好きだ。でもそれを虚心坦懐に着られなくなって1年半が経つ。破壊されたウクライナの街や、戦闘に巻き込まれた市民の姿が脳裏をよぎる。今このシャツを着て東京を歩いたら誰かを傷つけるだろうか。引かれるだろうか。と考えて「いや」と思い直す。いや、ロシア語に罪はない。ロシア語話者の中にはウクライナをはじめとする旧ソ連地域の人も、ロシアからの移民や難民も、モスクワの反戦活動家もいるのだから。そう自分に言い聞かせて、わたしはマトリョーシカTシャツに袖を通し続けている。
そしてもちろん、ことわざにも罪はない。このタイミングでロシア本かとやっぱり少しひるみつつ、世界のことわざが好きなわたしは素通りできずに本書を手に取った。
著者は元NHK特派員で初めてのモスクワ赴任は1970年! ことわざを紹介しながら語られる取材秘話の厚みがすごい。ゴルバチョフや伝説のバレリーナ、プリセツカヤも登場するし、ウクライナ侵攻後の国民の本音を示すエピソードも。
「愛はジャガイモじゃないから窓から捨てられない」「良い言葉は猫にも気持ちよい」「仕事は終わった勇敢に休め」……いいことわざだなぁ。その国に生きる人たちを思う。乾杯したら飲み干して杯の底を相手に見せるのが作法とか、手元のメモを見ながらスピーチするのはダサいとか、本書を読めばロシア人とつきあうコツも学べる。そうだよ、楽しくつきあいたいのに。なんてことをしてくれたんだ、いい加減にしろプーチン。
(大修館書店 2420円)